**はつもうでさいごもうで**




ひとけのない神社ってやつは、なかなかしんとしてムードまんてん。




「なんで今日初詣?初じゃなくない?」


 そう言って彼女が唇をへの字に曲げる。
 今日は12月31日で。大晦日ってやつで。
 前々から31日とお正月三日間は一緒にすごそうねー(はあと)なーんて言ってたから、31日のしかもお昼から早々と神社に行くなんて思わなかったんだろう。
 てっきり今日はどこかへ遊びに行くと思っていたのか、彼女はなんだか不機嫌そう。
 わたしはそんな彼女のむくれた顔もかわいいなあと思いつつ、むりやり手をひっぱりながら、神社の境内の階段をのぼる。

「まあまあ、初詣じゃなくて最後詣ってことで。ひとも空いてるし、空気はすんでるし、神社はぴかぴかだし、最高でしょ?」
 そう言って、えっちらおっちら階段を上りきり、くるりとまわりをみわたすと、えっちらおっちら、巫女さんや神主さんや、神社のひとらしきひとたちが、のんびりゆるりと動いている。
 きっと、神社をぴかぴかに。あたらしい年のためにぴかぴかに。磨いたり、準備したりしているのだろう。
 今年一年ごくろうさま。来年一年がんばってね。
 きっと、そうやって声をかけながら、ひとつひとつ丁寧に、床や柱を磨くのだ。

 
 一年の最後の大晦日。わたしはこの昼下がりの、このとてもしんとした、やわらかくて清浄な、神社の雰囲気が、とても好きだ。
 だからいつも、常に毎年、こうして初詣じゃなくて最後詣に出かける。
 それはポリシーってわけでもなく、ただなんとなく、ただなんとなくなのだけれど。

 

 今年はお世話になりましたーらいねんもどーぞひとつよろしくって、神さまにあいさつしようじゃあーりませんか。




「今年はお世話になりましたー。らいねんもどーぞひとつ、なにとぞひとつ、どうかよろしく。どうかどうか」
 そう言ってがらがらと大きな大きな鐘をならし、ぱんぱんとてのひらをたたく。


 ぱんぱん。


 すみきった空気に、気持ちのいい音が、どこまでも、どこまでも響いて消えた。



「んー。気分爽快。さささ、あやも一緒に、どーぞよろしくって」
 そう言って、隣でぶすくれて立っている彼女の背中をどーんと叩く。どーん。どーん。こころのなかでつぶやいて、時にはやさしく、時には激しく、リズミカルにどーんどーんと叩き続ける。
 すると、むっつり黙っていた彼女は、ふふふ、と吹きだして、大きな声で笑い出す。
「なーにその叩き方、やっらしーしムダにリズミカル」
「へっへへーみせつけてやろーぜ俺たちの愛をさ」
「俺っていうのやめて。きらいだから。あたしって言って。もしくはわたし」
「じゃー拙者。…あ痛っ、踏まないで! …じゃなくて、あたしたちの愛を」
「神さまに?」
「そそ、神さまに」
 そこまで言って、わたしは彼女の瞳を覗き込む。
「こんなに愛し合ってるわたしたちなので。来年もどうぞどうぞ、一緒にいられるように、じっくりねっとり暖かく、やさしくはげしく見守っててくださいと」
 そう言って、さらにさらにじいっと覗くと、また彼女の口元がむずむずとゆがみだす。
「ねえ、なんかそんな変なこと言いながらそーやって見つめるのやめてよ。おかしーから」
 けたけたと笑いつつ、ちょっと待ってと小声でささやき、わたしと向き合っていた身体を、姿勢を正して神さまへ向ける。
 そんな彼女の横顔をじいっと眺めて、「ああ、かわいいなあ」と、わたしはしみじみ思う。


  ああ、かわいいなあ。すきだなあ。
  ほんとうに、こころから、そう思う。


  来年も一緒にいられればいいのに。
  さ来年も一緒にいられればいいのに。
  というか、ずっとずっと一緒にいられればいいのに。


 そんなうっかりセンチメンタルな気持ちになってしまったわたしのことなんていざ知らず、
 彼女はのんきに、楽しそうにがらんがらんと控えめに鐘をならした。
 ぱんぱん、とてのひらをたたく。
 ただ、てぶくろをしているから、その音は実際、ぽすんぽすん、とまぬけだったのだけれども。


 一礼して、彼女は目を閉じる。


(何をお願いしてるのかな)

 そんなことを思いながら、わたしは彼女の一連の動作を眺める。




 来年も、よろしく。
 再来年も、よろしく。
 ずっとずっと、そのさきも。



「あや、」

 無意識に、名前を呼ぶ。

「ん?」
 そう言ってにこにこ笑いながら振り返る彼女のあごを捉えて、

 わたしはちゅっとキスをする。





 ずっとずっと一緒にいられますように。

 来年も再来年もいっしょにいられますように。

 あわよくば、その先も。





「……あ、そーいえば」
 手をつないで帰り道。
 すっかりご機嫌のわたしたち。
「なあに?」
 なーんて相槌をうつ彼女の声も、どこかちょっぴり優しげだ。


「お賽銭、投げるのわすれた」
 そんなふうにつぶやいたわたしのあたまを、彼女は思いっきり叩いてくる。
 ひとしきりばしばしと叩いて、けたけたと笑ったあと、彼女は思いっきりみとれるような、かわいい笑顔で笑いかけてくる。
 そしてわたしはまた、その笑顔に見とれるのだ。何回も、何度でも。


「ま、来年もあるし、来年の今日。その日そのときこの場所で」
「お賽銭もって」
「最後詣を」
「最後詣をね」
 額をあわせて、くすくすと笑う。間近に見える、彼女のひとみ。かわいいひとみ。
「……来年も、来ようね」
「一緒にね」

 
 ゆびきりげんまん。




 ずっとずっと一緒にいられますように。

 来年も再来年もいっしょにいられますように。

 あわよくば、その先も。


 そうだ、死がふたりを分かつまで。






 死がふたりをわかつまで。それが成就できるかできないか。
 その先は、神のみぞ、知る。





おわり









(2009/01/06)




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