さて、年末が過ぎて新年を迎え、懐かしい仲間たちとそれなりに地元を満喫し、もうほんとこのまま帰らないで地元に居たいな〜なあんて思いつつも、まあ明日から仕事もあるしねなんて冷静になっていやいやながら帰ってきた俺の家の前に。





見覚えのある男が、両手を広げて待っていた。









***A  HAPPY  NEW  YEAR***









「やあやあやあやあお帰りお帰りお帰り〜」
「っていうかここ外!外だから!まず家に入れさせてくれ!寒いしキモイし恥ずかしいわ!」
 出会い頭にぎゅうぎゅうと抱きしめられ、俺は頭がくらくらする。
 ぎゅうぎゅうべったりとじゃれついてくるでかい図体の男を思いっきり振り払い、何とかかんとか鞄から家の鍵を取り出す。めげずに背中に貼り付いてくるこの男。まったく新年早々からうざったいし暑苦しい。
 毎度毎度の事ながら、この過剰なスキンシップはどうにかならないものなのか。
「ホラ、早く入れ。つか、首筋に顔を埋めるんじゃない!吐息が首筋に当たって生暖かいしきもいしぞわぞわする!」
 そう言って肩の後ろのまるい頭をべしべしと叩いてやった。すると、のっそりとあげられた顔は満面の笑みを浮かべ、ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめながら、俺ごと家へ入ろうとする。
「転ぶ、っつ、の」
 あまりの力に転びそうになり、思わずまたべしりと頭を叩いてやる。するとますます嬉しそうに笑う。おいこらお前、人の話を聞け!
 鍵をかけ、ひと段落。ふうやれやれと思っていたら、今度は後ろから、俺をぐいぐいと押してくる。
「ちょ、お前、靴、脱げ」
 ぐいぐいぐいぐいと押され、部屋に入る。全くこいつは何がしたいんだ本当に。
 そして部屋につき、向かい合わせにされ、じいっと顔を覗き込んできた。と、思ったら次の瞬間。
「お帰り……!」
 そう笑って、ぎゅっと抱きしめられた。

 あーあ。全く。何なんだ、一体。

 とりあえず、「ただいま」と言って、抱きしめ返した。







「この四日間、すごく寂しかったんだよ」
 何だそれ、かわいくない。ていうか、きもい。
「あ、なにその顔。すっげきもいって思ってるでしょ今」
 あ、ばれたか。
 俺は軽く奴を無視して、鞄から荷物をひとつずつ取り出してテーブルに並べた。実家からもらってきた戦利品の数々だ。
 みかん、りんご、切り餅、せんべい、地酒、チョコレート?えーっと、それから……。
「あ、テメ、みかん食ってんじゃねーよ!」
「あれ、これ俺へのお土産じゃないの?」
「ち・が・う!」
 ったく油断もスキもない…そうぶつぶつ言いながら、今度はひとつひとつ戦利品を鞄にしまっていく。ひとつ、ふたつ、みっつ。どんどん放り込んでいくと、鞄の底でカステラが見るも無残な姿につぶれているのを発見した。
「おい」
「何?」
「土産」
 そう言って、そのカステラを奴に放り投げてやる。
「ってこれ、つぶれてるじゃん」
「だからだよ」
 わざとそっけなく言ってみる。なんだよーと言いながらも、奴はとても嬉しそうだ。ふと考える。この寒い中、こいつはどのくらい俺を待っていたのだろう?
「…なあ」
「何?」
「もう食べてるのかよ…」
「え?だってくれたんでしょ」
「そうだけどさあ…ってまあいいや。お前、ずっと俺の家の前に居たんだ?どのくらい?」
「あー…どのくらいだったっけ。結構?」
 結構か。
「寒かったろ」
 少しだけ、ほんの少しだけではあるが、早く帰ってきてやればよかったなあなんて思った。今日は結構寒かった。そういえば、何時に帰るって具体的に言ってなかったよなあ、俺。
「んーでもまあ、山下のこと考えただけで俺はあったかかったから」
 なんて奴はのんきに笑う。
「……」
 ちょっとだけ、きゅんとした。何だかんだいって俺は直球に弱い。そんなこと言われるとどうしていいか分からなくなる。あーなんだ。これちょっとすごく嬉しいんだけど。
 
「藤原…」
「っていうかむしろ熱かったからな!これから始まる俺たちのめくるめく愛の時間のことを思うともー俺は身体が火照って火照って」
 …きゅんとして損した。
「とーいうわけでー」
 にやにやと奴が近寄ってくる。俺は思わず後ろに後ずさる。だって何だか嫌な予感がする。次の言葉はきっとアレだ。
「やらせてください」

 ……予感的中。アホかこいつは。

 ヒメ始め〜とかお約束のセリフをほざくこのアホは、…とりあえず、殴っておいた。






 その後俺たちはごく健全に、年末は何をしていたかだとか、何の番組をみていたかとか、家族のことや地元の友達のことを報告しあい、酒を飲み、くつろいだ。
「新年だね」
 ほんのりと赤い頬で、奴が甘ったるい声を出す。酒に酔ったんだろう。こいつはあんまり酒に強くない。俺は酒に強いから、こいつとはあまり勝負にならない。俺はどんなに酒を飲んでも顔に出ない。それはいいことなのか悪いことなのか、分からないけれど。
「もう出逢って5ねんかー」
 ぽつりと、奴がそうつぶやいた。目がうつろだ。夢をみているよう。何だかぽやぽやしている。大分酒に酔っているようだ。
「あの頃は、まだ学生だったね」
「そうだな」
 そういえば、あのときはまだ俺もこいつも大学生で。出会ったときのことなんて、普段は忘れているものであり、しみじみと思い出すことでもないと俺は思っている。大事なのは今。この瞬間。

でも。
あれから五年。


「もう、25もすぎたよ」
 藤原がしみじみと呟く。
「お肌の曲がり角だな」
 俺はそっけなく返事をする。
「何言ってんの。お肌の曲がり角ってえのは、今はもっと早いんだぞ」
 どこか誇らしげにそう言って、顔を近づけてきた藤原のおでこを叩いてやる。いってえ、と大げさに顔を顰め、俺の顔を覗き込んでくる。目が合う。
 あれから五年。
「…山下は、変わんないね」
 どこかまだ夢を見ているような瞳で、藤原は続ける。
「かわいいままだ」
「…お前は、老けたよな」
「何それひでえ」
「本当のことだろ」
 不満げに突き出された下唇を軽く摘んでやる。くすくすと可笑しそうに笑い出した藤原の顔。記憶を探りながら、まじまじと改めて見つめてみる。

 昔は何も怖くなかった。25なんて、五年先なんて、全く想像も付かなかったけど。
 今でもこいつとこうしているなんて、全く人生ってやつは、わからない。
 
 あれから五年。
 お前も、本当にかわってないよ。


 こころのなかで、そう訂正してやった。






「何か、不思議だよな」
 何となく、口から言葉が滑り出た。
「何が?」
 藤原が聞き返してくる。
「うまくいえないけど。なんか、新年だとか年末だとか、一年とか二年とか」
 毎日は永遠につながっているというのに。
 一年だとか二年だとか。新年だとか年末だとか。
「それはー、太古の昔のひとがー」
「いや、それは分かるけどさ。なんで区切ろうと思ったんだろうとか」
「うーん」
「まあ、どうでもいいけど」
 本当は、調べれば答えがあるのかもしれないけれど。でも、まあ考えてもしょうがないか。そう一人で納得する。
「…でもさあ」
 藤原が呂律の回ってない舌で一生懸命話しかけてくる。そろそろこいつも限界かな。全くこいつは飲めないくせに、限界まで飲もうとする。布団、どうなっているんだっけ。きちんとしてあったかな。そんなことを考えながら相槌をうつ。
「うん?」
「新年とかって区切るのって、いいことだと思う」
 いいとか悪いとか、そういうことではないんだけど。まあいいか、と藤原の言葉を黙って聞く。
「やっぱり、新たな気持ちで物事を始めるって大切なんだと思うよ。それが毎日の、通常の、当たり前のことであっても。だからこそ、何でも長続きするんだよ」
「…よくわかんねえな」
「いいんだよ、わかんなくて。とりあえず、新年を楽しもうよ」
 そう言って、藤原は急に真面目な顔になる。そして俺に近寄ってくる。少しだけ、期待する。だって久しぶりだし、会いたかったし、触れたかったし。
「あ……」
 キス、された。
「……なんだよ」
 突然だったから、少しだけ動揺してしまった。何度も言うが、俺は直球に弱い。このように久しぶりに、急に真剣な顔でキスなんてされてしまったら、照れて照れて照れてどうしようもない。
 目の前には真剣な藤原の顔。あいかわらず頬はほんのり赤くて、目の焦点が合っていない酔っ払いの顔をしていたのだけれども。
「…あけましておめでとうのキス。そんでこれがこれからも一緒にいようねのキス」 
 そう言ってもう一回俺にキスをして、にかっと笑った奴の顔が、あまりにもいい笑顔で、あまりにもかわいかったもんだから、とりあえず、俺もお返しにキスをしてみた。



あけましておめでとう。そして今年もよろしく、そんな想いをこめながら。










end.


2007/1/1














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