**おさけはきらい。**




 わたしはだれにも愛されないの、そう言って彼女は本日三杯目のビールをあおる。
私はそんなことないよ、と彼女に答えて、本日まだ一杯目のカクテルをひとくち飲んだ。



 私は酒があまりすきではない。だからあまり呑む事もない。



 人はどうして嫌なことがあるとアルコールを摂取するんだろうね、なんて彼女に言ってみたら、それはストレスを解消するためじゃないの。と彼女が答えた。
「そうかなあ、ストレス解消だったら他にいくらでもあると思うんだけど」
「例えば?」
「買い物とか、運動するとか、お喋りするとか」
「そんなんじゃ解消されないストレスだってあるんだよ。例えば、失恋とか」
 そう言って、彼女はジョッキを掲げる。
 彼女は失恋をしたらしい。付き合って将来を約束していた相手に、なんと二股をかけられていたという。
「人は、忘れるために呑むんだから」
「そうかなあ、でも酔いが醒めたら思い出すでしょ」
「そんなの、気分の問題よ、気分の」
 そう言って、彼女は私の顔を覗き込む。
「あんなやつ、ブサイクで、優柔不断で、頭悪いし、フリーターだし」
 そうぶつぶつと文句を言いながら、本日三杯目の生中のジョッキを一気に空ける。やばい、目が据わっている。
 私はすこしだけどうしようかなあとあせりつつも、彼女をずっと眺めていた。ほんのりと頬を赤らめて、目を伏せてため息をつく彼女は、店の照明のせいもあるのだろうか、とても幻想的で綺麗だった。


彼女の周りだけ、どこか現実とは違う世界のような。



 もともと綺麗な子だと思う。
 髪の毛はいつもゆるくウエーブがかかっていて、いつもきらきらときれいなアクセサリーをつけて、ふわふわひらひらとしたスカートをいつも履いて、かかとの高いかわいい靴を履いている。

 指の先にはかわいいネイル。どこをどうみても完璧な彼女。
 顔の形ももちろん整って綺麗なのだけれど、私は何より彼女の目が一番綺麗だと思う。



 私はそんな彼女がかわいくてかわいくてかわいくて、仕方がない。
 だから私は、彼女の親友でいられるのが、とても嬉しく、誇らしい。



 だからこそ、苦手な酒だってこうやって一緒に呑むのだ。

 本当に酒が嫌な記憶を失くしてくれればいいのに。そうすれば、いくらだって私は彼女におごってあげる。

 

 わたしは誰にも愛されないの。おねーさん、ナマチューひとつー!そう言ってまた彼女は手を挙げた。店員がこちらに歩いてくるのを私たちは眺めた。誰にも愛されない、といったその口ですぐに次のビールを頼む彼女がとても好きだ。
「……そんなこと、ないと思うけどなあ。少なくとも、私はあんたを愛しているんだけど」
「そう言ってくれるのは、あんただけだよ」
 彼女の手が伸びてきて、私の頭をくしゃくしゃに撫でる。そのてのひらに心地のよさを感じて、私は幸せな気分になった。
 好きだなあ、この子が本当に好きだ。会うたびに、そう思う。



 私はこんなに心から彼女を愛しているのに、何回も愛していると伝えているのに、彼女は誰にも愛されないと嘆く。



 解っている、本当は。彼女の心は異性にしか救えないって事。
 男の人しか埋められない何かがあるんだって言うこと。


 だけど、私は、何回でも言うと思う。
 この愛情が恋愛感情なのか、自分でもよく解らないのだけれど。




「愛してるよ」
 もう一度、そう言ってみた。
「ありがとう」
 そう彼女が言った。




「愛してるよ」
「かわいいよ」
「元気出して」
「そうだ、どこかに遊びに行こうか」
 思いつく限りの言葉をすべて言って、私は手元のグラスを一気に空にしてやった。
 グラスの中のカクテルは、もうぬるくて、とてもまずかった。


 しあわせになりたいなあ、ぽつりと彼女がつぶやく。
 なれるよ、とわたしは静かに答えた。




 おなかの中がしくしくと痛んだ。やっぱり酒はあまり好きではないな、と、そう思った。
  


 
 


end.





2006.9.20










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