**ストロベリートーク**




「ちょっと今日は頑張りすぎたかな」
 そんなことをぶつぶつと言って、眠そうにまばたきをした。さ んざんはしゃいだ後だったから眠いんだろう。私も少しはしゃ ぎすぎた。部屋の明かりはロウソクだけ。シーツはぐちゃぐち ゃ。髪もぼさぼさ。マスカラも落ちてる感じ。いつもながらに 思うけども、ちょっと私たち散々すぎない?
「でも、久しぶりだったし?」
 そう言って、となりの彼女の髪の毛を引っ張ってみた。やめ てよーと笑いを含んだ声があがる。
「久しぶりってそんなに間あいたっけ?」
「あいてたよ。ホラそっからして愛が足りない」
「そうかな」
「そうだよ」
 そうかなあと彼女は言って、そうかもしれないとつぶやいて 目を閉じる。私はなんとなく彼女のまぶたをなぞった。すると 彼女はくすくすと笑いながら身体を寄せて来る。
いつも思うのだけれども、どうして人の体温てこんなに心地い いんだろう。私も笑って身体を寄せる。

「…もうすぐ、クリスマスだよね」
 終わったはずの話題をもう一度出してきた。これはよっぽど 私と過ごしたいらしい、そんなことを思いながら相槌をうつ。
「そうだね」
「クリスマスだよ」
「クリスマスだね」
「クリスマスは嫌いなの」
「それはさっき聞きました。ろくなことがなかったんでしょ? 」
 そういうのって、ありがちだよねーそう言って笑ったら、鼻 を摘まれた。彼女の爪が私の鼻に食い込む。とても痛い。
「ありがちっていわないー。そこでどうして?とかつらい過去 でもあったの?私が癒してあげようか?なんてそんな気の利い たことのひとつも言えないのかねあんたは」
 あきれたようにそう言って、私をにらむ。
「だって、クリスマスってそんな特別な日でもないような気が しない?何をそんなに浮かれますかっていうか」
「それこそありがち。まったくタエコはかわいくない」
 そう言って、眉間に皺を寄せる。ちょっとそれ皺になっちゃ うよ。全く本当にかわいいったらありゃしない。
 彼女はイベント事が大好きなんだと思う。春は新たな出会 いに想いを馳せ、夏は太陽の季節と浮かれ出し、秋は別れの季 節と涙ぐむ。そして冬はクリスマス。
 私はといえばそんなことは全くなく、春は春だし夏は夏で、 秋は秋で冬は冬。そしてクリスマスはクリスマス。彼女と一 緒に過ごすようになってからは、さすがに誕生日とかは気にす るようになったのだけど。
「クリスマスの飾りつけとかは、すきだけど」
 そう言って、目の前の小さな華奢な身体を抱きしめた。別にクリスマス、やった っていいんだよ、そう彼女の耳元に囁く。
「サエコがしたいんなら、私はなんだってしてあげる」
「……そーゆーことじゃ、ないんだけどね」
 少しだけ沈黙した後、そう言って彼女がため息をついた。
「あーあ、その顔」
「え?」
「なーんにもわかってないんだから」
「何それ」
 くすくすとおかしくて仕方がないというふうに笑う彼女に、少しだけむっとする。分かってない?何がなんだろう?
「なんでもないよ。タエコはロマンを分かってないって話」
 まったくもって意味が分からない。彼女はまだ笑っている。

「ロウソクの光って、綺麗だね」
 ひととおり笑った後、彼女は急に話題を変えてきた。ちょっと釈然としないんだけど。で も、けんかをするのは嫌だから、私はしぶしぶその話題に乗る 。
「そうだね」
 窓辺に、ひとつ。テーブルに、ひとつ。机にひとつ。部屋の色々なところに色とりどりのロウソク。この間まで私たちはアロマにハマってて、家にはキャンドルやらお香やらが溢れるほどたくさんある。こうして思い立ったときに少しずつ使っておかないとなんだかもったいない気がして、二人で過ごす夜はどんどん使うことにしている。
「アロマキャンドルって、あんまり匂いしないね。お香とは大違い」
「あー、お香のときはひどかった。あんなにもくもくと煙がでるんだもんね」
 けらけらと笑って、 彼女はシーツを頭から被る。私も笑ってシーツを被った。
「むせたしね」
「目もしょぼしょぼしたよね」
 お香をつけたときに、思いっきり二人で煙を吸い込んでしまったことを思い出す。あの時は本当に大笑いした。煙いし、苦しいし、匂いは強烈だし、二人でずっと咳き込みながら笑ってた。
「キャンドルの方が、優しい香りな気がする」
 何となくだけどそう思う。お香はもくもくと煙が出て、匂いが部屋中に充満する感じだけど、 キャンドルは優しくゆらゆらとほのかに香るような、そんな感じ。ほんのりと香るストロベリーの香り。 彼女が大好きだと言って、笑った香り。
「うん。絶対そうだ」
 大きく頷く私を見て、彼女は少しだけ首を傾げる。まあよくわかんないけど、タエコが言うんならきっとそうなんだろうね。 そう言って彼女が大きな欠伸をする。どうやら本格的に眠いらしい。
「……ね、このまま寝たら、火事になるかな」
「大丈夫じゃない?よく分かんないけど」
「何それ適当」
 くすくすと笑って、彼女が私の手のひらに触れてきた。 私は触れてきた手のひらをしっかりと握って、指を絡める。

「サエコ」
 名前を呼んでみた。
「なに?」
 眠そうな、彼女の声。
「プレゼント、何がいいの」
 そう言って、身体を寄せると。
「何もいらないよ、タエコが居れば。でも」
 もらえるんなら何でも嬉しい、そう言って、彼女がぎゅっと抱きついてきた。
 もらえるもんなら何でも嬉しいだなんて。私が居れば何もいらないなんて言ったくせに。
彼女らしい回答に、私は少し笑った。

 この恋が、いつまでもつづけばいいのに。今の瞬間が幸せで、楽しくて、切なくて、苦しくなる。

 どんなプレゼントだって、どんなごちそうだって、どんな特別な日だって、どうでもいい。
 彼女が居れば、何もいらない。彼女が居れば、いつだって特別な日なのに。


 シーツの暗闇の中で、彼女と目が合う。そして目を閉じて、キスをして、彼女はすぐに眠りに落ちた。
 私も目を閉じて、眠ることにする。

 プレゼントは何にしよう?そんなことを、考えながら。





end.



(2006/12/20)
















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