ひとよひとよにひとみごろ。
                                 フジサンロクニオウムナク。



これって一体、なんだっけ?










「……なんだこれ」






 はるちゃん、これ書いて、と渡された紙。
 見るとその紙切れには、何とも読みづらい字で、こう書かれていた。



 「聞きたい!知りたい!?はるちゃんのすべて☆100☆アンケート」




 ……って、おいこれは何だ。質問?しかも100問だと?
 俺はなんだかげんなりしながら、眉間に皺をよせつつ、スガワラの方へ目を向ける。
「スガワラ…」
「えーまあおつき合い前提で友達付き合いを始めるにあたって、まあ俺なりに色々考えたわけですよ」
 そう言いながら、スガワラはてへへと鼻の下を人差し指でこする。なんだそのポーズ。お前はやんちゃなガキ大将か。
「ほお。それで」
「それでまずやっぱり敵を落とすには、相手をよく分析してから作戦を立てたほうがいいという結論が出まして」
「はあ、なるほど」
 一理あるな。
「というわけで、はるちゃんに対する100の質問をこさえてみたわけだ」
 そう言って、スガワラは何故か得意気にふんぞりかえる。

 アレか。これも作戦のひとつか。俺はなんともいえない気持ちを抱きつつ、じいっとスガワラを見つめる。すると、どこからともなく五十嵐が、俺たちの間に割って入ってきた。
「ま、見ての通り、アンケートだ。さっき俺とミッチーがせっせと考えて作ったんだ。な?」
 な?と五十嵐に視線を投げかけられて、スガワラはうんうんと頷く。ていうか五十嵐、何だお前は。俺はますます眉間に皺がよるのを感じた。
「将を射んとすればまず馬を制しろと。はるちゃんを落とそうと思ったらまず味方が必要になる。そこで思いついたのがイッシーってわけ」
 イッシーって。
「うむ」
 イッシーと呼ばれた五十嵐は、まんざらでもなさそうにスガワラと肩を組む。『うむ』じゃねーよ。しかも身長差のお陰で微妙に肩組めてねーよ。
「ま、そういうことだ。観念しろ、高橋」
 そう言って、五十嵐がにやりと笑う。何が観念しろだ。アホかコイツは。
 何だ。何が起こっているんだ。朝この二人が出会ったときはお互い初対面だったよな?たったこの数時間の間で、何でこんな意気投合してるんだ。
「五十嵐、お前さっき体育サボったな。そういやいなかったよな」
「……」
「コレ、書いてたのか」
「……」
「面白がってるんだろう」
 そっとウインク。


 面白がってる。絶対コイツ、面白がってる。


「五十嵐もスガワラも授業サボって何やってんだ全く」
「はるちゃんをモノにするためなら、多少の犠牲はかまわないさ!」
 ばちーん!とウインクを決め、スガワラは親指を立てて俺に向ける。「イエーイ☆」とか言うな、「イエーイ☆」とか。
 俺は気を取り直してそのアンケートとやらをよくよく見てみた。何はともあれせっかく書いてくれたんだ、見てやらなきゃ男がすたるってもんだろう。
「どれどれ。…その一、童貞ですか?その二、初めての夢精はいつですか?その三、初めてのオカズは何でしたかっておいおいこらこらおまえたち?」
 童貞ですかって何だコレ。中学生レベルの下ネタじゃねーか。セクハラで訴えるぞオイ。

「あーだから『初体験はいつですか』にすればいいって言ったのに」
「ばっかそんなまどろっこしい質問面白くないだろ。高橋にはあれくらい直球でいいんだよバカだから高橋はほんとバカだから」

 なにやらひそひそこそこそとスガワラと五十嵐が肩を寄せ合い、話し合っている。ほほえましいことだ。何を話し合っているのかはあんまり聞きたくはないが。
 じいっと俺は二人に視線を送ってみた。すると五十嵐がこほんと咳払いひとつ。
「あーちなみにその設問を考えたのは俺だ」
 どこか誇らしげに五十嵐は胸を張る。いやそれ胸張ることじゃないからおかしいからきもいから。
「やっぱりおまえかイッシー」
「あっ、はるちゃんはるちゃん、俺が考えたのは五十問から下だから。俺はそんなことは知りたくないって言うかむしろ秘めていてほしいけどでもちょっと興味はあるっていうか」
「黙れミッチー」



 と、いうか。



「アホか!!!つうか何一気にそんな仲良くなってんだお前ら!何があったんだ朝から今までの間で!そして今は昼とはいえだな、スガワラ、何故お前は俺の机の上で弁当を広げているんだ。そして何だその量はそれはもしかしてアレか、俺の分か。そうなのか?」
 何故かスガワラは俺の机いっぱいに、大きな弁当を広げている。重箱とまでは行かないが、あれだ、運動会とかで母さんとかが持ってくるような弁当箱。
 その中身が色鮮やかで、おいしそうで、ウインナーはご丁寧にうさぎやらタコやらカニやらの形になっている。うずらのたまごにはごまの目ん玉と、べにしょうがで色付けしたかわいらしいくち。そのお弁当の中身のかわいらしさに、俺の乙女心がちょっとだけきゅんとしたのは内緒だ。
「まあ、どうしていいかわからないから、とりあえず家庭的なところをアピールしておこうかと。デザートもあるよ。りんごもウサギだよほら」
 そう言って、デザートの入ったタッパーを開けて見せながら、スガワラは俺の机の隣の席に座る。おお、確かにウサギだ。
「ここの席座っていいかな?ハイ、まー、はるちゃんも座ってすわって。イッシーも」
 五十嵐にもそこらへんの椅子に座るように促し、スガワラは色鮮やかな、かわいらしい弁当箱の中のたまごやきをフォークに突き刺す。そしてニッコリと笑って、お約束。

「はい、はるちゃん、あーん」
 あーん。
「っておいこらお前、ちょっと初日から飛ばしすぎだぞ」
 にっこりと微笑みながら、俺の口の中に、無理やりたまごやきをねじこもうとするスガワラの、奴の手首をがしっと掴んだ。

 何があーん、だ。まだ早いだろそんなの俺たちは!

「まああれですよ、俺と付き合うとこんなにいいことが!というほんの一例。いわばお試し。サンプル。何事にもお試しが必要でしょ」
 そう言って、 ぎ、ぎ、ぎ、と歯軋りをしながら、スガワラも負けじと腕に力をこめてくる。いや、こら、だから、無理強いよくないから。むくれてもかわいくないから。
「そんなこと言われてもだな、はいあーんはハードル高すぎるぞ!こんな公衆の面前で」 
 教室の真ん中で、わあわあと騒いでいたからか、他のクラスメイトたちは俺たちを遠巻きに見ている。というか様子をうかがっているのか。
 あっ、やめて!そんな目で俺を見ないで!
 俺は目立つのが大嫌いだ。のんびりひっそりと教室の隅でつつましやかに学校生活を送りたいのだ。そんな俺の願いなど知る由もなく、スガワラはのんきにけらけらと笑う。
「あーそうかそうかよしよし、二人っきりのときがよかったか。よっし次はピクニック行こうそうしようそうしよう俺張り切って弁当作るから」
「そういう意味じゃない!」
「まあまあまあ、まず騙されたと思って食べてみなよ。じゃなきゃ徹夜して作った俺がかわいそうじゃん」
「徹夜して?」
 ちょっとだけ、心が動く。
 俺のために、そう言われると、何だかちょっぴりきゅんとする。徹夜してまで俺のためにこんな…こんな豪勢な弁当を?とかなんとかちょっと感動しかけた俺を五十嵐はぐいぐいと押してきた。なんだお前。空気読め。
「マジで?!ミッチー頑張りすぎじゃね?ていうか俺も食べていいこれ、あ、超うめえ」
 五十嵐が身を乗り出して弁当をつまむ。
 なんだこれ。なんだこの光景。
「高橋、ホラまず食えよ、ミッチーがお前ごときのために作ってくれた弁当だぞ?おまえごときのためにだぞ?しかもうまいぞこれ」
 はーやれやれとジェスチャーをしながら、五十嵐が盛大にため息をつく。本当にむかつく野郎だ。
「お前がミッチーとか呼ぶなよ。ったく、何だってんだ」
 随分とマイペースな五十嵐に頭を抱える俺に笑いかけながら、スガワラは俺に箸を渡してきた。キティちゃんの箸だ。かわいい。
 うっかり俺の乙女心がきゅんとする。
「……ずいぶんとかわいい箸だな」
「あ、ごめん、それ姉ちゃんのなんだ。嫌なら俺のと替える?」
「や、これでいい」
 実は、俺はサンリオキャラクターが大好きだ。一番好きなのはキキララだ。実をいうと俺の夢はサンリオピューロランドに就職することだ。
 まあ、誰にも言えないけど。
「あーそういえば、コイツ、サンリオ大好きだよな。たれぱんだとか」
 そう言って、五十嵐が俺を見る。やめろ、箸で人を指すな。行儀が悪い。それに、たれぱんだはサンリオじゃなくて、サンエックスだ。
「へえ、結構かわいいもの好きなんだ。意外だね」
 スガワラが笑う。ちょっとだけ、恥ずかしくなってきた。そりゃ、こんないかつい熊みたいな男がサンリオなんて、けろっぴなんて、好きだったらおかしいよな、かっこわるいよな。俺は意味もなくテンションが下がる。
「…おかしいかよ」
 ちょっとだけ声に出してしまった。しまった、と思ったものの、スガワラはあまり気づいてないようだ。
「おかしくないよ、かわいいね」
 そう言ってスガワラはふわりと微笑みかけてくる。
「……」
「高橋、顔真っ赤だぞ」
「うるさい」
 かわいいね、だなんて、初めて言われた。
 お前のほうがよっぽどかわいい。
 そう、心の中でつぶやいた。




「あーところではるちゃん」
 まあなんだかんだといいながら、なごやかに三人でスガワラのお手製弁当をつついていると、スガワラがにこにこと話しかけて来る。
「な、何だよ」
 ちょっとどもってしまった。やばい、まだ俺の顔、赤いんだろうか。恥ずかしい。まるでかわいいっていわれてものすごく喜んでるみたいじゃないか。まあ、実際、喜んでいるんだが。
 スガワラはそんな俺に気づいてるのか気づいてないのかよくわからない表情で、なにやら弁当を入れていた袋からがさこそと何かを取り出す。
「ノート?」
 五十嵐が興味深そうに中を覗く。
「そう」
 スガワラは頷くと、シンプルな茶色の表紙のノートを取り出し、俺にハイ!と渡してきた。
 俺は箸を置いてそのノートを受け取り、ぺらりとめくる。うん、ただのノートだ。ん?なにやら最初のページに書いてある?
「それは俺とはるちゃんの交換日記ということで、とりあえず最初は俺が書いてきたんだけど」
「はあああ?」
 交換日記て。そんなの今時聞いたことないぞ。

「明るい高校生のお付き合いといえば、清く正しく交換日記からっていうからさ」
 そう言ってスガワラはにこにこと笑う。いつの時代の高校生だそれは。というか、何でこいつはそんなにやる気まんまんなんだ。
「交換日記をしてより親睦を深めつつ愛を育むって寸法だな!よかったなあ、高橋!なんだか楽しそうだな!」
 五十嵐は何故か嬉しそうに俺の肩をばんばんと叩いてくる。米粒を飛ばすな。うざい。正直うざい。そして心の底から面白がっているな、こいつ。
「お前、やりたいんだろ」
 俺は五十嵐をにらむ。
「ちょっとだけな」
 五十嵐はにやにやと笑う。
「あーごめん、イッシー。俺はやっぱりはるちゃんとやりたいからさあ。まーお詫びといっちゃなんだけど、このエビフライ食べていいよ」
「え?いいのか?」
 そんな二人のやり取りを尻目に俺はスガワラの日記を読んでみる。

 えーと。……その、これって。


「……スガワラ、これ、日記じゃないだろ」
「あ、わかる?それ、ラブレターなんだよねー」
 スガワラはさらりとそんな恥ずかしいことを言う。何か、これ、すごいぞ。すごいことばっかり書いてるぞ。うっかり頬が緩んでしまうのを、気合で抑える。
 やっぱり人に好かれるってことは、嬉しいことなのであって。俺がこう頬をゆるませてしまうのも、いわば生理現象みたいなものであって。あー誰に言い訳しているんだ、俺は。

「こうやって徐々に洗脳していけば、はるちゃんも俺への愛に目覚めるのではないかと」
「ほー。ミッチーは策士だな」
「頭脳派なんで、ボク」


 ……何も言うまい。こいつ、一言多いんだよなあ。これさえなければ、まだ純粋に喜べるんだが。


 俺は目の前のスガワラを見つめた。不思議だ。どーしてそんなに俺のことが好きなんだろう、こいつは。
 どっからどう見ても、やっぱりスガワラは普通のかっこいい奴で。どっからどう考えても、何でこんな俺みたいな熊男に惚れるのか、やっぱり分からない。
 弁当作ってきたり、アンケート作ってきたり、恥ずかしいラブレター日記をよこして来たり、何だか騙されているような気がしてきた。普通に女の子にももてそうなのに、なんであえて俺なんだ。もしこいつがホモだとしても、なんか他のかっこいいヤツとかに告白されたりとかしてそうなのだが。
 そう思いながら、弁当を食べているスガワラを見ていると、目が合った。にこ、と微笑まれる。

「おお、高橋が固まっている」
 もしもーし、と五十嵐が俺の目の前にてのひらをかざす。
「あーはるちゃんはるちゃん、無理はしなくていいから。気が向いたら書いてよ。はるちゃんの好きなこと、なんでもいいよ。日記じゃなくても生い立ちでも性欲日記でも。アンケートは絶対書いてね。それないと作戦立てらんないからさ」
「お、おお。ていうか性欲日記?」
「その日のオカズをしたためていくという」
「書かねーよ!」
 とりあえず、改めて俺はそのノートを受け取り、鞄の中にしまう。
 なんだか俺、あれよあれよと流されてる?そんなことをふと思ったが、すぐに打ち消す。まだ初日。まだ初日だ。
 ぼんやりと眺めたスガワラの顔が、あまりにも嬉しそうで。俺はなんとなく釣られてわらった。







next comming soon....






 
2007/07/18




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