**かえってきたまち子さん。**





【そのなな 決戦は金曜日☆】



 欲望渦巻く親睦会、合同コンパ、略して合コンのみならず、職場の飲み会。飲み会の直前ってえのは、戦争。そう、女子にとっては戦場である。





 やれ合コンコンパ、サークルにセミナー。
 惚れたの腫れたの愛と欲望☆こそ、「この世の全て〜☆」な学生時代とはまた違い、
 社会人にもなると、異性、はたまた同性との出会いの場・親密度をあげる場としては、職場の飲み会ってえのは、超!重要。
 結婚適齢期を迎えた、レディースエーンドジェントルメーンや、おぼっちゃんアンドおじょうちゃーん、にとっては、そらーもー年に数度のそのイベントは、千載一遇と言っていーほどの大チャンス。

 顔見知りから、よく話す仲へ。
 ただの同僚から、気になるアイツへ。
 気になるアイツから、「え?あれちょっと好きかも…」に変わり、
 その淡い「好きかも」は「愛してる」に変わる。

 そしてそれを飛び越え乗り越え駆け抜けた先は……、

 うれしはずかしウエディングベル!!!!!




 恋愛以外でも、なんだかウマの合わない上司と打ち解けあったり、心が通じ合わない同僚と和解したり、人間関係をチェンジするにはもってこい。昇進だってうまくいく。(場合もある)


 それが、飲み会。職場の飲み会。


 出会いがないと嘆くなら、職場の飲み会で評価を上げとけばいい。
 さすればそこから始まる縁もあり。
 まーそんな感じで、飲み会といえば、意識せずとも気合が入るものであり。

 ただでさえ普段から「自分をよく見せたい」と願っている女性たちにとっては、こういったイベント事に、さらなる過剰なガッツを見せてしまうということは、まあ当然といっちゃあ当然のこと。
 巷の女性雑誌には、『好感を抱かれる☆飲み会テク』だの『相手のハートを打ち落とす☆小悪魔会話術☆』だの、そのテの特集が年に幾度となく組まれつつ。やれ上司ウケファッションだの業種別合コンファッションだの、狙ってる男のタイプ別モテ☆メイクだの、もうその努力とド根性たるや、そらーもー感嘆に値するわけで。

 まー、まち子さんにしかまったくもって興味ない私としては、『同性ウケ☆ファッション』だの『お局さまタイプ別☆会話術』だのそーゆー特集が組まれればいいなあとひっそりと思ったり思わなかったりしちゃったりしてるわけであるけども、そんな特集は産まれてこの方一度も見たこともなく。
 ま、世の男性に、声を大にして言いたいのは、『きっかけは飲み会』ってのはいいけれど、むしろ推奨するけれど、普段の彼女もじっくり観察するべきで。
 そんで普段とのそのギャップを「最初と違うじゃないかむきー!」ではなく、そのあなたに気に入られるために頑張った努力とド根性を、かわいいヤツめ☆と思えるくらいの大きなひろーい心を持っていただきたい。

 化粧を落として顔が変わっても、そこらへんも愛してもらいたい。すっぴんもキレイじゃないととか顔がかわる女は嫌だあああなーんてそんなこといわずどうかひとつ。どうかどうかどうかどうかどうかひとつ。


 それすらもかわいいと! その努力を認めてと! 顔が変わるくらい頑張っちゃっているような女の子ほど、わたしにとってはタイプ。超タイプ。


 と、そんなことはどーでもいい。



 ……まーなんていうか、そんなわけで、飲み会前の、職場の女子トイレ・または更衣室というものは、ほーんと、むせ返るような香水の香りと化粧の粉、さらには、愛と欲望とあわよくば?な、期待の熱気でむんむんなのである。


「まああわよくば? いけるとこまでいっちゃっていいかなーって」
 なーんてぽつりと言った沢屋さんのセリフに、ぶううと噴出すまち子さん。
 そんな沢屋さんのセリフに、えーずるーいわたしもわたしもーなーんて黄色い声がかぶさる。
 さて本日決行アフターファイブ、ここ、女子更衣室において、すでに女同士の戦いが始まっていた。



「まずは、江口さんのアドレスゲットする!」
 なんて、息巻くのは同じフロアの中村さん。沢屋さんとは産まれながらのライバルで、同じ幼稚園に始まり、同じ小学・中学・高校で、同じ部活に家は隣。しかも職場まで一緒だという彼女は、どっからどーみても、沢屋さんにそっくりだ。
 夫婦も長年一緒に居れば、外見やら中身やら似てくるというけれど。
 この沢屋さんと中村さんも、生まれたときから一緒のせいか、ほーんと一歩間違えると双子かなんかだと勘違いしてしまう。
 まあ、唯一違うというのであれば、乳がでかいかそーでないか。
「きーちゃん! ちょっと! 邪魔しないでよね!」
「よーちゃんこそ! なあになあにそのカットソー! 乳がでかいからって出しすぎじゃないの?」
「きゃあああいったああああい! つかまないでよつかまないで! これをつかんでいいのは江口さんだけなんだからあああ!」
 きいきいぎゃあぎゃあと喧嘩を始める二人を仲裁する気持ちで、うんうんと頷きながら、後ろからずずいと話に割り込んでみる。喧嘩するほど仲がいい。ほんとこいつら付き合っちゃえばいいのに。
「まあまあ落ち着いたら、あなたたち。 でもまあ確かに沢屋さん、ちょっとこれはやりすぎでしょー後ろから見ると、なんかおっぱい丸見えだし…」
 上から見ると、ほーんと計算しつくされたような角度で胸の谷間、そしてその奥が見えそうだ。あんまり過剰なお色気は、職場の飲み会にふさわしくない。まあ気合が入っていてかわいらしくもほほえましいのは確かであるけれど、でも、まー女子として、年上の後輩として、ちょっとくらいはおせっかい焼いてもいいだろう。なんて、勝手な判断で。
 ほら、上着貸してあげるから羽織りなさい、なーんつって、ちょっとカッコつけて、優しさアピールしてみたりなんかしちゃったりする。

「えーっそうかなーっ」
 ぶつくさ文句を言いながらも、言われたとおりに上着を羽織る。うんかわいいよ、なんて言ってブローチもつけてあげた。
 するとにっこり笑ってもうご機嫌。かわいいもんじゃないですか。
「中村さんも、スカート短すぎじゃない? 合コンじゃあるまいし、もっと長くていいんじゃないかな?」
 中村さんは、沢屋さんほどの乳はないけれど、ものすごい美脚。ものすごい脚線美。
 最近の若い子は間違いなく進化している。なんだあの脚の長さ。なんだあの足の形。

 原因は何だ? パン食か? それともグッバイ正座生活か。


「えーっ、そうですかー?」
 短い? なーんて沢屋さんに言いながら、その場をくるりとまわる中村さん。
 うーんいいねいいね。ちらりずむがいいね。でももすこしスカートは長くてもいいんじゃないかしら。
 長く細い美脚ってえのは、短いスカートよりも少々隠れているほうがバランスよく見える。そしてそのほうが清く正しく美しく見えるし、なにより男性ウケもよさそうだ。
 特にヨンのような年上で落ち着きのあるタイプは、ギャルギャルしいよりも、少し控えめで清楚さを醸し出したほうが高ポイント稼げるんじゃないかしら。

「露出しときゃモテるだろーってのは、若さゆえの勘違いよ。学生の合コンじゃあるまいし、職場にはいろーんな年代のジェントルメンがいるわけだからね。ようするにTPOをわきまえるべきなのよ」
 なーんて得意げに、最近見かけない某ドンなんちゃらのよーに、ファッションアドバイスをするわたしである。
 そんなわたくしの、ありがたくもちょっとおめー勘違いしてんじゃね?なアドバイスを、つぶらな瞳で中村さんが聞き返す。


「PTA?」



「ちがーう!」




 そんなやりとりをしていると、まち子さんと同年代の、スーパー名物お姉さまがおーっほっほ、と高笑いしながら、わたしたちの会話に割り込んできた。

「さすがね、金崎さん、そうよそうよその通り!」
 左の手のひらを内側にしつつ、たかーく腕を肩より上に挙げて、どうだどうだ目に入らぬか!とこれ見よがしに、手のひらをひらひら。
 その左手の薬指には、きらりと輝く、いえ、燦然と輝く、ピンクゴールドのダイヤの指輪。


 おお、あれは!結婚にあこがれちゃう☆きゃぴきゃぴOLの憧れ、伝説のアイテム!


「婚約指輪ーーーーー!?」
「指輪ですかっ?!」
「ダイヤモンドは永遠の輝き……っ!」
「ええいものども頭がたかーいっ!」
「ははあーっ」


 ふふん、と得意げに鼻を鳴らして、にんまりと微笑む余裕の笑み。
 その目には若いのうおぬしら、若いのう、という、永遠のただ独りの伴侶に選ばれた大人の女の余裕が見え隠れする。


「わー、すごーい! とうとう結婚ですか! いいなー!」
「まあね」
 きゃあきゃあと色めきたつ若い子を前にして、えっへんと腰に手を当てて、胸を張る。その様子がとてもほほえましい。

 このまち子さんとはちがうタイプのお局さま、鈴木さんは、この平凡普通のルックスでありながらも、この年に数度の飲み会マジックで、泣かせた男性社員は数知れず。切れたことのない男の影。そしてつい最近、見事に誠の愛を、人生の伴侶をゲットされたという、ありがたーいありがたーいお方なのだ。

 若者よ、この方にテクニックを学べ! とりあえず拝んでおけ!


「ええいひかえおろうひかえおろう! この方をどなたと心得る!」
 そう言いながら、口紅を塗りつつやってきたのは、これまた同じフロアの佐々木さん。ベリーショートでわたしよりはふたつ年上。鈴木さんと佐々木さんは、とっても仲良し名物コンビなのだ。付き合っちゃえばいいのに。

「鈴木さんは、合コンから職場まで。ゆりかごから墓場まで、狙った獲物は逃さない、百戦錬磨百発百中の飲み会クイーンなのですぞ!」
 びしい! と持っていたリップブラシを私たちに突き出して、これまたえっへんと得意げに胸を張る。
「なんとわたしは鈴木さんに教わったテクニックで今年に入って5人の男を落としました!」
「なんですと!」
「まじですか!」
 そんな佐々木さんの声を聞きつけて、更衣室中の女子がわらわらと集まる。おーっとなんだこの熱気。ここは年末バーゲンの会場か。きゃーだの、わーだの、わいわい楽しそう。
 そんな様子をぼけーっと眺めていたら、後ろ頭を叩かれた。
「……まち子さん」
 振り向くと、明らかに不機嫌そうな顔で、まち子さんはあごをしゃくる。
 あーんやめてやめて! 猪木みたいだからやめて! そんなことを思いながら、まち子さんがあごをしゃくった、その方向に視線を移すと……。


 わたしの両のてのひらは、何故か沢屋さんの腰をむんずと掴んでいたもんで。


「おおっと!」
 あわてて両方のてのひらを離す。げっ、わたしとしたことが、まち子さんの目の前で、めのまえで、うっかりうっかり沢屋さんのなんかやわらかそーな腰回りを、むんずと無意識に掴んでいたことに気付かなかった。
 
 ぷい、と顔を背けてずんずんと更衣室からでようとするまち子さんをあわてて追いかけ、手首をむんずと掴む。
 まち子さんをむりやりこっちに振り向かせると、なんとまあかわいらしいむっつりとしたお顔。顔が真っ赤でほっぺはもっとまっか。眉間にふかーいシワを刻んで、眼鏡の奥の瞳はちょっと上目遣いににらみつけてきた。
「……離しなさいよ」
「やです」
 そう言って笑って、まち子さんのてのひらをむんずとつかむ。どさくさに指を絡めたりして。あっ、てのひらがひんやりつめたい。かわいい。てのひらの冷たさですら、すんごく愛しい。
「…ちょっと!」
 文句をいいたそうなかわいいかわいいむくれ顔を無視して、頬にかすめるように軽くキスひとつ。
「!」
 べちーん! とおでこを叩かれても気にしない。
「あっ、あっ、あなたねっ…! 誰かに見られでもしたらどうするの!やめてちょうだい!」
 ひそひそ声で心から憎らしげに吐き捨てる。でも頬は真っ赤。唇は震えて、眼鏡の奥の瞳が、長いまつげの影を落として、うるうると潤んでる。



 ああっ……!神よ……ッ!
 そんな目で見つめられたら! そんな目で見つめられたら!
 …もう…、なんていうか…、わたしは…わたしはああああああぁ…っ!





「………濡れそう…、ってか濡れる」






「はっ?」







 うっかりお下品なことをつぶやいた私を、まち子さんが、ものすごーくぶさいくな顔でみつめてきた。まあぶさいくでもかわいいけど! かわいいけど!
「あーんまち子さんそんな顔でわたしをみないでーでもかわいいー! あーんもうたべちゃいたいですたべちゃいたいですたべちゃいたいですーってオフッッ!!!!!」
 うっかりまた身もだえしてしまう私の腹に、まち子さんはグーで渾身の一撃を食らわせる。


 ちょ…まち子さん……! アカン! ぐ、 グーは アカン……!


「もう離して! 離してよ! もうなんなのよ!」
 わああああん! とでも泣き出しそうな表情で、こんどはおでこをばしばし叩いてくるまち子さん。そのいつものかるーいノリとはまた違った尋常じゃない様子に、ちょっとだけわたしはたじろいた。
「ちょ、まち子さん、や、やめ、落ち着い」
「わーん! うるさい! うるさいうるさあーいっ!」
 こ、これはちょっと。ちょっと。まずい。いろんな意味で。まずい。



 そんなこんなで、わたしは、こっそり見たこともないくらいわあわあわめくまち子さんの手を引いて、女子トイレに駆け込んだ。






「まち子さん。わたし、正直もう限界なんです」
 ううう、と、うなるまち子さんを、むりやりなだめつつ女子トイレの鏡の前までひっぱってきた。
 まち子さんはむっつりした表情で黙ったままで、つんとそっぽを向き、目の前の鏡に映るわたしを睨みつけてくる。ああ、そんな目で見ないで、ぞくぞくしちゃう。
「……だからって沢屋さんの腰、掴むことないでしょう」
 地の底から響くような声色で、まち子さんがうなるように言葉を吐き捨てる。
「あっ、あれは、なんていうかついうっかりっていうか」
 なんて言っていいか分からず、わたしはあわてて弁解する。なんていうか、腰を掴んじゃったって言うのはこうあの、別にそんな下心があるわけじゃないわけじゃないとも言い切れなくて…、ああ! もう、自分でもわからないや! 
 そんな感じで頭の中がごちゃごちゃになって、言葉に詰まってしまった私を、今度は鏡越しではなく、横目で直接ちらりと睨み付けてきた。

「……あなたは、ついうっかりであんなことするの? ついうっかりで、あんなべったべたと人に触るってわけ?」
 冷ややかな声。うう…これは…じわじわとくる……。
「えっと、そ、それは……っ」
 引きつりながら笑顔を作る。やばい。これは何かいつもとノリが違う。そんなことを思いながら、わたしはまち子さんを観察する。
 まち子さんは、身体を私に向きなおし、腕を組んでふんぞり返る。そして冷ややかな目と声で、私を凍らせる。ああ、なんというか…、やっぱりそんな彼女にぞくぞくするわたしは、やっぱり変態なのだろーか。
「あなた一体なんなの? やっぱりわたしのことからかってるの?」
「からかってるなんて…」
 そんなことない、って言いたかったのに声が出ない。蛇に睨まれた蛙というのはこのことだろうか、驚くほど全く声がでない。
 まち子さんはそんな私にお構いなしに話を続ける。
「そうよね、からかってるのよね、わたしみたいな地味で面白くなくて34歳であなたからすればおばさんみたいなわたしを好きになるなんておかしいのよ」
 自嘲気味に口元をゆがませる。そんなことない。そんなことないって言いたいのに、声が出ない。
「そもそもわたしたち女同士じゃない。ばかみたい。わたし勝手にどきどきして振り回されて、初めてのキ、キ、キ、キスまで奪われて」
 だんだん声が震えてくる。泣いているのだろうか、いやそれよりも怒っているのだろう。思い出したのか、まち子さんはみるみる顔を真っ赤にして、目を閉じて、額に右のてのひらをあてて、うつむいた。
「そういえば、あのときもついうっかりって言ってたわよね。 最近の若い子はみんなそうなの? あなたみたいについうっかりばっかりするのね」
 ため息をついて、うつむいたまま。
 わたしはといえば、ただ、まち子さんの言葉を聞くことしかできない。
 たしかに、あのときのキスは、ついうっかりだった。ついうっかり恋に落ちて、ついうっかりキスまでしてしまった。そうしたら、ついうっかり本気になって、ついうっかり相手のことを考えないで暴走してしまった。そう思われてしまうのも無理はない。
 わたしはいつだってちょっと行き過ぎる。何も考えてないんだ。
 そのときそのときの、自分の感情の赴くままに、何も考えずに行動してしまう。
 何がまち子さんにつりあう大人の女なんだろう、わたしは子供だ。それも、タチの悪い子供。
「好きだなんて言って、ついうっかりですませて。 あなたに振り回されてばっかりいるわたしの気持ちなんて、考えたことないんでしょう」
 そう言ってまち子さんは肩を震わせる。
「……まち子さん、」
 やっとの思いで、声を出した。少し掠れた。それでもお構いなしに、私はことばを続ける。
「わたし、ばかだし、あほだし、何も考えてない子供だけど。でも、まち子さんがすごく好きです。それだけは本当です」
 まち子さんは何も言わない。ただ、じいっと黙っている。
「たしかについうっかりって言いました。ついうっかり恋をして、ついうっかりキスをして、ついうっかり本気になって、ついうっかり暴走して、ついうっかり傷つけてしまった」
「……」
 何か言いたそうに、まち子さんは口をひらく。 わたしはそれを視線で制して、ぎゅっと目を閉じて、言葉を続ける。
「好きすぎて好きすぎて、頭がおかしくなりそうなくらい好きなんです。それは本当です。何回も言ってますけど、好きです。まち子さんのことを考えるだけで、嬉しいし楽しいし、むかむかするし、むらむらむらむらむらむらするし、えろい気分になります」
「むっ、…むっ、むら…ッ」
 身の危険を察したのか、まち子さんが少しだけ後ろに下がる気配がした。それでもわたしは言葉を続ける。両手をぎゅっと握って拳を作る。
「でも、我慢してます。まち子さんが好きだから。まち子さん、さっきも言ったけど、わたし、もう限界です」
「……」
 っていうか、ちょっと待て。ちょっと待てよ。

「っていうか、何なんですかまち子さん、ちょっと沢屋さんの腰揉んだくらいで、何でそんなに怒ってるんですか」
 なんか今までしょんぼりしてたけど、ちょっと待て。腰を揉むのってそんなにおかしいことかしらん?
 そんな怒ること? 傷つくこと? もしかして、もしかして、これは、もしかすると、ひょっとしたら。
「……ね、まち子さん、もしかして、触ってほしかった? ねえ、わたしに、触ってほしかった?」
「はっ?」
「だってよく考えても見てくださいよ。だって別にわたし沢屋さんのこと何とも思ってないじゃないですか。何とも思ってない相手の身体にちょっと触れたくらいで、まち子さんがそんなに怒るってことは、あれじゃないですか。まち子さんてば、ひょっとしてひょっとするとひょっとしたら、わたしのこと……!?」
「なっ、なっ、なっ、そ、そんなこと……!」
 ぼわわわっ、とまち子さんが顔を真っ赤にしてあんぐりと口を開ける。さっきから何なの。ちょうかわいいんだけど。
「ねっねっねっ、そうですよねきっとそうですよねっ、わたしのこと、ちょっとくらい気に入って、好きになって来たんじゃないですかコレ?」
 
 おーっとこれは、もしかしてもしかすると!!ひょっとしてひょっとすると!!!

「わたしのこのしなやかな美しい白魚のようなお手手で! まち子さんのその細腰を!!! 触っても!! 触ってもいいと!!!」


 言うなればこれは、オーケーサイン?! オーケーサインですかコレ?!


 鼻息荒く血走った眼で(たぶん)、わたしはまち子さんにずずいと詰め寄る。
 まち子さんはわたしのあまりの勢いに、ずずいと、後ろへたじろく。
「あっ」
 あまりにも動揺したのか、よろけて壁にどしんと背をぶつける。わたしはこれ幸いと、まち子さんに覆いかぶさるように両手を壁につける。
 こ……これは……っ! このシチュエーションはっ! 今巷で流行ってる憧れの、憧れの『壁ドン』ってやつではないでしょーか!!!
 ちょっとわたしの身長が足りなくて、まち子さんの顔の位置が、わたしの顔よりもわずかに高いのが気に入らないけども。でも、そんなの気にしない!これはきっと、神様からのごほうび!全宇宙がわたしに味方をしているっ!!!

 この勝負……! もらったぁ―――――っ!!!



「……あぅっ、な、なに……っ」
 まち子さんは怯えるように、潤んだ瞳で私を見つめる。顔はそりゃもう可哀そうなくらい真っ赤で、もしかして全身から湯気が出るんじゃないかというくらいの熱気を感じさせる。
 わたしはといえば、ちょっと壁ドンの姿勢って、意外ときついわあなんて、頭の隅っこで冷静に思いつつ、これから起こるであろう素敵ハプニングに、胸を弾ませる。
 壁につけた両腕を離して、わたしは姿勢を変えて、まち子さんの肩をがしりと掴んで、壁に押し付ける。
 のーがーすーもーのーでーすーかー。
 触れた肩はぶるぶると震えている。怖いのかな。怖いのは、ちょっとかわいそうか。
「……ねえ、まち子さん、好き……」
 わたしはまち子さんを安心させるように、心から気持ちを込めて、務めて優しく、激しく、いやらしく、まち子さんの耳元に唇をよせて囁く。
 まち子さんはふるりと肩を震わせて、ひゅっ、と息を呑むようなしぐさを見せた。
「あ、はな……離して……」
 消え入るようなまち子さんの声。
 わたしはその声を、その吐息を、吸い込むように、まち子さんの唇を、塞いだ。





next coming soon...

(2016/11/10 改稿)




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