**オペラアリスさまのお題「マザーグース」より







Ring a ring o'roses (薔薇の花輪)









 今年の誕生日に何か欲しいものある?って聞いたら、クソ真面目な顔をして「薔薇の花束」ってあーちゃんが言った。




 あーちゃんは俺の幼馴染で年上で好きな人で男だ。ダンディなのだ。職業はよく分からない。とりあえずサラリーマンとはちょっと違うと思う。年齢もよく分からない。とりあえず軽く俺の上を二十年はいっていると思う。

 あーちゃんの家はとても広い。そして本がたくさんある。あーちゃんはいつも書斎にこもっていて、いつも難しい本を読んで、いつも難しい文章を書いている。めがねがかっこいい。とにかく、何かいろいろかっこいい。
 この間なんて見たこともないような外国の文章をすらすらと書いていた。やっぱり色気のある男って、知性を感じさせなきゃいけないんだと俺は思う。
 俺はまだせいぜい十年と少しばかりしか生きていないくそがきなんだけど、あーちゃんに追いつきたくて追いつきたくてたまらない。 




「ありす君」
「何?あーちゃん。エッチする?」
「何でそうなる」
「俺がしたいから」
「駄目。今日は駄目。明日もダメ。明後日もダメ。ずっとダメ。というか君、私の膝から降りなさい。いい歳して甘えん坊さんですか。もう中学生でしょっていうかエッチなんて言葉、どこから覚えたの」
 そう言って、あーちゃんは俺の額を軽く小突く。
「あーちゃん」
「何?」
「俺のこと好き?」
「まあ、嫌いではないかな」
 まただ。また、こうやって、あーちゃんははぐらかす。
 それはまだ俺が子供だからなのか。男だからなのか。どうなのか。



 あーちゃんは俺の幼馴染、というか小さい頃よく遊んでくれた「おにーさん」だ。
 あーちゃんは「おじさん」と言うと怒る。そりゃーもー本当に鬼のように怒る。なので俺はあんまり言わないことにする。怒ったあーちゃんはそりゃもう本 当に怖い。でもやっぱりあーちゃんは怒った顔もダンディなのだ。
 物心ついた時から俺はあーちゃんが好きで好きで大好きで。
 それが男だなんて気にしたことは一回もなくて。
 まー俗に言うゲイってやつなのかと言われると、それはどーかわからない。
 何故なら俺は物心ついた時から、産まれた時から、あーちゃんのことが好きで好きで大好きだからだ。
 ま、ゲイだビアンだヘテロだっていうのは、俺にとってはどーでもいいことで。セクシュアリティをカテゴライズするっていうこと自体、ナンセンスだと思うわけで。
「お、俺今難しい言葉使ってた」
 こんな難しい言葉を使うのも、全てはあーちゃんと対等になりたいからであって。(用法は間違っているような気もしないでもないけど)
 早く大人になりたい。大人になって、あーちゃんにちゃんと俺を見てもらいたい。




「ありす君。いい加減に降りて。足が痺れた」
「あーごめん。嫌いになる?」
「君が降りなきゃね。はい、はやく降りて降りて」
 そう言って、あーちゃんはしかめっ面をして、自分の膝に乗っていた俺を押しのける。
 ここはあーちゃんの家の書斎で、あーちゃんがいつも居る大きな机のところで、あーちゃんはいつものように大きな椅子に座っていて、いつものように難しい本を読んでいる。
 せっかく遊びに来ても、返事もしてくれないあーちゃんに腹を立てて、俺はむりやりあーちゃんの膝の上に座って、こうしてしがみついていたわけだけれども。
 大人になりたいのはやまやまなんだ。だけど、やっぱりたまにこうして子供みたいなことをしてしまう。まあ子供のふりをしてめいいっぱいあーちゃんにひっついている、っていうのもなきにしもあらずなんだけど。
「ちぇ」
 俺はしぶしぶとあーちゃんの膝から降りる。
「ああ忌々しい。この足の痺れ。うまく立てない。どうしてくれるの」
 あーちゃんはやっと自分の膝から降りた俺を見て、やれやれと肩をすくめてみせる。立つ気なんてないくせに。また、難しい本を読んで、俺のことなんてかまいもしなくなるくせに。
「身体で払います」
「お断りします」
 色仕掛け(?)だって、無駄に終わる。
 こんなにあーちゃんが好きなのに。こんなにあーちゃんにかまってもらいたいのに、肝心のあーちゃんといえば、やっぱりいつも俺をはぐらかしてばっかりだ。






「あーちゃん、誕生日に何欲しい?」
「薔薇の花束」
 まただ。またそんなことを言っている。
「あーちゃん、薔薇好きだね」
 薔薇じゃお腹が膨れないじゃないか。俺だったら、誕生日にもらうのは食べ物がいいな。チョコレートでもいいし、クッキーでもいい。多分ケーキはきっと母さんが作ってくれるだろうから。
「まあね。花はどれでも嫌いじゃないかな。でも君からもらうとしたら、薔薇の花束がいいかなあ」
 あーちゃんは大人だから、食べ物じゃないほうが嬉しいのだろうか。エッチなこととかじゃ駄目か。薔薇だなんて、花だなんて、あーちゃんは枯れているとしか思えない。
「薔薇ねえ…」
 確かに、綺麗だとは思うけれど。ぴっちぴちの美少年じゃだめなのか。まあ俺的にも、あーちゃんを満足させてやれるかと言ったら、それはこう…自信はないけど。
「ありす君」
 なあに、と返事をした。あーちゃんはまた本を読んでいる。
 俺の目を見て話さない。
 でも、あーちゃんは目は本に落としたままで、俺に話しかけてくる。
「ある国では、薔薇の花束を贈るっていうことは、特別な意味があるんだよ」
「特別な意味?」
 あーちゃんは外国生活が長かったのだ。たまにこうして、俺に外国の話をしてくれる。
「どんな意味なの」
「それは、君が大きくなってから教えようね」
「何それ」
 まただ。またあーちゃんはやっぱり俺をはぐらかすのだ。


「ああ、でも、花束よりも、木がいいかな。僕の庭に植えようかな。よし、決めた。今年の自分へのプレゼントは、薔薇の木にしよう。というわけで、花束はいらないよ、ありす君」
 まるでいいことを思いついたとでもいうように、いつのまにか読んでいた本は閉じられ、顔は俺にしっかりとむけて、あーちゃんのめがねの奥の瞳はきらきらと輝いている。何かいいことを思いついたときの顔だ。俺はあーちゃんの顔をみただけで、あーちゃんが今どんな気持ちかよくわかるのだ。だがしかし。
「ええー何それ」
 プレゼントをあげないだなんて、そんなのは嫌だ。
 ぶーぶーと文句をいう俺の頭をぽんぽんと軽くたたいて、あーちゃんはやっぱりきらきらした瞳で俺を見つめる。
「その代わり、プレゼントはいらないからさ、たまにうちに来て、育てるのを手伝ってくれないかな」
「えっ」
 それって、あーちゃんの家に入り浸る口実が出来るってこと?そう思いながらにやにやしていた俺を、あーちゃんはにこにこと見つめてくる。
 そんな目でみないでよ。興奮しちゃうじゃんか。俺は健全な青春真っ只中の美少年なんだ。

「その木が大きくなって、立派な薔薇が咲いたら、君に花束をあげようね。あーでも花輪のほうがいいかな。たくさんの花をつかって、その薔薇をアクセントに添えて。それを君の頭にかぶせたり、首にかけたりするんだ。とてもかわいいと思うな」


 それって花冠とか首輪のことかな。ずいぶんとまあ乙女チックなことだ。そんなところも好きだけど。
(でもやっぱり、まだ俺のこと子供としてしか見てないってことだよなあ)
 ちょっとだけ、がっかりする。でもまあよく考えると、俺はまだチビでガキで、見た目も中身も発育途上の、健全な、見目麗しい男子中学生であるので。
(見た目が九割っていうしな)
 ……まー、いいか。今は。いまのところは。きっとすぐに背も伸びるだろうし。
 せいぜい子供扱いしてもらって、甘やかしてもらいましょうか。

 チビでガキのうちでしか、やらせてもらえないこともあるだろうし。例えば、膝に乗っかって、甘えるとかね。

「あーちゃん」
「なあに」
「愛してるよ」
「僕も君は嫌いじゃないよ」
 あーちゃんの笑顔。その笑顔に、弱いんだよなあ。
 今は、嫌われてないってだけで、それだけでいいや。



 薔薇の花輪。ちょっとだけ、楽しみだ。なにしろ俺は美少年だから、かなり似合うと思うのだ。





「君が大人になったら、花束にして君の誕生日にあげる。君が子供のうちは、花輪で我慢してね」
 そう言って、にっこりと笑ったあーちゃんの言葉の本当の意味を、薔薇の花束の意味を、俺が知ることになるのは、それから数年後のことになる。







end.







(2007/07/09)




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