**ギルバートとジョージ**




「ちんこがほしい」

 まーた馬鹿なことを言って、佐和子さんがいじけだした。
 佐和子さんはわたしより年上で、変態で、子供だ。こんなアホなことを言い出すのはもう何回目だろうか。ちんこちんこちんこ。そんなにちんこが欲しいのか。
「っていうかなんでこんなときにそんなこというんですか」
 ここはラブホテルで。私たちは向かい合わせに座っていて、さていざ行かんと佐和子さんの秘密の花園に顔を埋めようとぺらりとスカートをめくったところで、そんな変なことを言ってきた。まったくムードを読まない人だ。
「だって、今しみじみ思って」
 ううと情けない声を出して佐和子さんが私を見つめる。私はやれやれと手にしていた佐和子さんのスカートの裾をぱっと離して、正面から目を合わせてやる。
「あたしは佐和子さんにちんこついてたらひきます」
「だって」
 もっとひとつになりたいんだもん、そんなカワイイことを言って、佐和子さんがのしかかってくる。
「ちょっとちょっとちょっと佐和子さん、あたし今日上の気分なんだけど」
  後へぐいぐいと押されながら、私はあわてて佐和子さんを押し戻す。
「だってちんこが欲しいんだもん」
 佐和子さんは負けじとぐいぐいぐいぐいと私を押す。おお、何だこの力。うっかり変な体勢で倒れそうになる。
「それって答えになってないですが」
「今日はこっちの気分なんだもん」
 あーれーとやっぱり後に倒れこんで、私はまんまと佐和子さんに押し倒された。





 いつもいつもいつも、男だったらよかったなんて思うんだ。


 そんなことをぽつりと言って、佐和子さんがため息をついた。
 二人で見上げる天井。鏡張りのそこに映っているのは、でっかいベッドに転がっている裸の私と佐和子さん。あの後さんざんな目にあった。今日は私が上でいいって言ったくせに。まったくこの人はいつもきまぐれなんだ。
「ラブホテルって誰が考案したのかな。行くところいくところ悪趣味なデザインが多い気がするんだ」
 そんなことを言いながら、ばたばたと足をばたつかせる。ベッドが揺れる。まったく元気なことだ。本当にこの人年上なんだろうか。
「それはあなたが悪趣味なデザインのところばっかり選ぶからでしょうっていうか話つながってませんよ佐和子さん」
 私は呆れながら相槌をうつ。まあこの人の話のつながらなさは、今に始まったことじゃないのだけれど。
 大きく聞こえるようにため息をつく。すると佐和子さんは勢いよく身体を起こして、私の顔を覗き込むようにして、そばに寄ってくる。
「だってそう思わない?見たこともないような悪趣味な建物があったらうっかりはいりたくなっちゃうんじゃん」
「あたしはへんなデザインの時点で萎えますけど」
 エッチな気分が盛り上がって、じゃーそこらで一発やりますかーなんて話になってラブラブあまあまな卑猥な気分の時に、でーんと変な形の建物に「じゃ、はいろっか」なんてそれってどこのオヤジなの。
「濡れたモンも乾くっていうかー」
「まーなんてこと!濡れたモンだなんてはしたない!この淫乱!下品!」
「うっさいですよ、ていうか何でこんな話しになってるんですか」
「あーそうだった」
 あはははーと笑って、佐和子さんは大きく伸びをした。



「昔から好きになる子は皆女の子で。見るだけだったから別につらいなんて思ったことはないんだけど」
 私の上に身体を重ねて、佐和子さんがぎゅっとしがみついてくる。耳元でぶちぶちと呟く佐和子さんの髪の毛をゆっくりと梳いてやる。指に佐和子さんの栗色の髪の毛がきしきしと絡まる。髪、痛んでる。そんなことを思いながら私は天井を眺める。
 重なる佐和子さんと私。佐和子さんはこうして甘えるのが好きなのだ。
「でも、一回カラダを繋いじゃったら、やっぱりオンナのカラダって不利だなあとか思って」
 なんとなく、分かる気がする。
 産めよ増やせよ地に満ちよ。
 そんなことを言った神様は、男と女でしか命を増やせないように人間の身体を創ってしまった。
 男と女はぴたりとはまるのに、女同士というものは、なかなかどうして難しい。
 
 
「別にね、コドモが欲しいとかは思わないんだ。ただ、こうやってエッチしてるときさ」
 そう言いながら、佐和子さんのてのひらは私の胸に添えられる。そして先端にふわりと触れたかと思うと、次は私の太腿を撫でてさする。
「愛しい気持ちがこう溢れちゃって、ここに」
「……」
 さっき散々したというのに、まだする気なんですかこのひとは。
 佐和子さんの指は、私の膝から太腿、そして内股、そしてその奥をふわりふわりと触れていく。
 佐和子さんが触れたあとがじわりじわりと熱くなって、次第に私の呼吸は乱れてくる。
「こうやって、指挿れたりとか、舐めたりとか、それだけじゃ足りなくなって」
 指を挿れては出し、挿れては出し、そこから溢れた熱い液を、シーツにこぼれるさらさらとした液を、佐和子さんは掬っては私の太腿にこすりつける。
 ひんやりとした佐和子さんの肌と、私の熱いそこの部分。
 じわじわと触れ合った肌が、熱くなっていくのを感じる。
「ちんこがあったら、こう正面からつながったまま、さーちゃんを抱きしめられるかなあとか」 
「ぁ、」
 はあ、と息を吐く。目の周りが何だか熱い。いつもいつも私はいっぱいいっぱいだ。佐和子さんに触れられるだけで、佐和子さんに見つめられるだけで、いろいろなものが、溢れて溢れてどうしようもなくなる。
「もっと、普通に幸せに出来るかなあとか、……たくさんまた溢れてきたね。……ね、舐めていい?」
 手のひらについたその液を舐めて、あまいね、って笑って、私の頬にキスをする。
 もっとたくさん挿れて欲しくて、掻き混ぜてほしくて、キスしてほしくて、彼女の髪の毛を引っ張ったら、ひどく嬉しそうな顔で佐和子さんは笑う。




「やっぱりちんこほしいなー」
 人の股間に顔を埋めて、またそんなことを言っている。
「ここに挿れて、めちゃめちゃに突いて、掻きまわして、ひいひいいわせるの」
 ひいひいって。
 うっかりつっこみたくなったけど、私の呼吸は乱れに乱れ、うまく言葉を紡ぐのもままならない。
「ああかわいい、さーちゃんかわいい。あたしに舐められて恥ずかしがってるさーちゃんかわいい」
 人の股間でうっとりと呟かないでください。
 抗議の意味を込めて脚ではさんでやろうかとも思ったけど、うまくちからが入らない。
「さ、わこさ」
 佐和子さんに手を伸ばすと、佐和子さんがぎゅっとてのひらを握ってくれる。
 
 あっちへいったりこっちへいったり。私の思考はぼんやりとかすんでいって。
 ちんこなんてなくたって、充分佐和子さんは私をひいひい言わせているのだけど。

「ちんこがあったらコドモ作ってさーちゃん孕ませてさーちゃんのおとうさんに娘はやらん!とか殴られながらも土下座してみんなに祝福されながら結婚してさ」
「そうやってずっとしあわせにおばあちゃんになるまで暮らすの」
「ちんこほしいなー」
 途切れ途切れにまた聞こえてきたそんな言葉を聞きながら、私は目を閉じて頭のすみっこで想像する。
 ちんこのある佐和子さん。
 私のお父さんに殴られる佐和子さん。
 ウエディングドレス姿の佐和子さん。
 おばあちゃんになった佐和子さん。
 おばあちゃんになった姿だけが想像できなくて、なんだか少し、おかしかった。



「あたしは女の佐和子さんがすきなのであって。ちんこつけられたらまたそれは佐和子さんではないのであって」
 気だるい感覚に、ぼんやりとしながらまた天井を見つめる。
 天井には裸の私と佐和子さん。がばーっと大の字にころがって、まったく色気もへったくれもない佐和子さん。
「でもちんこってさ、二の腕の肉で作るっていうよ?こう、ここの肉を切り取ってさ」
 そう言って自分の二の腕を触る。ぷよん、とむちむちとした佐和子さんの、おいしそうな二の腕が揺れた。
「最近あたし二の腕太くなってきたしちょうどいいかと思って」
「………」
 さっきと言ってることが違うじゃない。
「佐和子さん、あなたさっき私をひいひい言わせたいから、結婚したいからちんこ欲しいとか言ってなかったですか」
 隣で豪快に転がってるその腹に、どすんと片脚を乗っけてみる。お、も、い〜なんてうめき声が聞こえたけど気にしない。
「それもあるけど」
 ううとうめきながら、佐和子さんは私の脚をぺちぺちと叩く。
「二の腕も細くなるし一石二鳥いや三鳥かなと思って」
「さわこさーん……」
 ああ、やっぱり。そんなことだろうと思った。
 佐和子さん佐和子さん、本当におばかでかわいいね。
「あたしはちんこがない佐和子さんがいーです。二の腕が太くたって、ちょっと最近顔が膨れたって、ちんこがない佐和子さんがいーです」
「えっ、あたし顔膨れた?」
「ちょっと」
「まじで?」
 自分の頬をつねったりもんだり、あーあーあーと大騒ぎ。そんな仕草もとてもかわいい。結局私はこのおばかな人にめろめろなのだ。
「ちんこつけるよりも、ヨガとかやったほうがいいんじゃないですか?便秘治るし、やせるし。女は日々自分を磨かなくてはいけないのです」
「ああ、やっぱり…」
「ちんこよりも美容!美容ですよ!」
 そう言ってもう片方の脚を乗っけたら、佐和子さんはけたけたと笑い出した。





 飽きるほどにキスをして抱きしめて、好きだ愛してるなんて囁いて。
 ふいに佐和子さんが大きな声を出した。
「あ」
「何?」
「そういや、便利なものがあるじゃない」
「便利なもの?」
「ほらあのパンツにちんこがついてるという」
「………」
 パンツについてるんだっけかアレ。
「あーでも偽物じゃさーちゃんをひいひい言わせることが出来ても孕ませることができないか」
 この人、本当に、あほだ。
 私は呆れながら佐和子さんを見つめる。
「ちんこなんかなくても、いつもいつもひーひー言ってます。だからそんな変な考えやめてくださいよ」
 うーんと真剣にうなってる佐和子さん。しかも、素っ裸で。なんだかおかしい。
 だいたい、ただちんこつけたからって、男になれるわけないってのに。結婚できるようになるわけでもないってのに。そんなことにも気づかないで、一生懸命考えてる佐和子さん。

 私のことばかり考えて、私のためばかりを思って、ちんこつけたいなんてバカなことを言う佐和子さん。


 あーあ、もうほんと。愛しい愛しい愛しすぎる。



「ね、佐和子さん、結婚しましょうか」
「ええ?」
 ぽろりと自然とこぼれた言葉に、佐和子さんはびっくりして目を丸くする。
 私はそんな佐和子さんの表情に笑いながら、佐和子さんの頬にてのひらを添える。
「女同士で結婚できるところって結構あるんですよ。オランダでしょーベルギーでしょースペインにカナダ!それに結婚できなくても権利を補償されてる国だってあるんですから!」
 そりゃあ色々私だって考えたこともあるわけで。まさかこんな流れでこの知識が役に立つとは思わなかったけれど。
「おお?何だか壮大な話に」
 ぱちぱちと瞬きをして、佐和子さんが私を見つめる。やっぱりこの人ただ何も考えてないだけかも。ま、ここまできたら、ひきさがらないけれど。
「幸せにしてあげますから。充分私は幸せですから、お願いだからちんこほしいとか言わないでください。あたしは佐和子さんがちんこがない女の人だから好きなんです」
 だから男だったらよかったなんて言わないで。
 女同士だって、それなりのそれなりに、幸せになれるし、一緒に居られるじゃない。
 そう言ってキスしたら、佐和子さんはそうだね、なんて言って、くすくすと笑った。



「いいこと考えた!明日、旅行会社に行きましょうよ、今度の夏休み、海外に行きましょう。下調べと称して」
「じゃあその帰りさ、指輪買いにいこ。婚約指輪。給料三か月分。結婚指輪でもいいか。あードレスとかも見に行ったりして。やばい、何だか楽しくなってきた」
 結婚指輪にウエディングドレス。そしてそして素敵なお嫁さん。
 色々考えたら、私も何だか楽しくなってきた。まあそんなに世の中は甘くないとはおもうのだけど。でもきっと、佐和子さんがいれば、何だってできそうな気がするんだ。



「さーちゃんのお父さんにいつ挨拶に行こう」
 本当に殴られたらどうしよう、真剣な表情で、そんなことを呟いた佐和子さんがかわいくて愛しくて、なんだか酷く愉快な気持ちになって、私は佐和子さんにぴたりと寄り添う。
 寄り添って、目を閉じる。そして色々想像してみる。
 私のお父さんに殴られる佐和子さん。
 ウエディングドレス姿の佐和子さん。
 かわいい奥さんな佐和子さん。
 おばあちゃんになった佐和子さん。
 やっぱりおばあちゃんになった姿だけが想像できなくて、やっぱりなんだか少し、おかしかった。

 ずっとずっと一緒に居られればいい。おばあちゃんになった佐和子さんは、きっときっと、すごくかわいい。


 隣には佐和子さん。ちょっとおばかな佐和子さん。でもとってもかわいい佐和子さん。とりあえず、明日を楽しみにして、今日のところは、おやすみなさい。



end.



(2007/08/05)








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