**えろいこと**
せんせーだるーい、と言いながら彼女が入ってきた。
午後の授業の始まりのチャイム。どうやら彼女はさぼる気らしい。
「授業は?」
私は入り口の彼女をちらりと見て、すぐに書類に目を落とす。今日は午前中から来客が多かった。少しでも仕事を進めないと、これからの業務に響く。
保健室、なんていうのは避難所みたいなものだ。本当に具合が悪くてここにくる生徒は一体どれだけいるのだろう?
「だってお腹が痛いんだもん」
不機嫌そうな声が私の耳に入る。甘えたいのだろうか、それとも本当に具合が悪いのだろうか。もし、甘えたいだけなのなら、ここは心を鬼にするべきだ。何故なら彼女はここ数日、ずっとここに通っている。
特に具合も悪くなく、心に何かを背負っているわけでもない。教師という立場上、私は生徒を授業へ出席するように促す義務があるのだ。
「何日目?」
一応、聞いてみる。
「二日目」
気だるげな声が聞こえる。ああそれは痛いわ、そう思って彼女に手招きをする。月に一度のイベントのようだ。それは女性だけに訪れる。
じゃあ薬をあげましょうね、そう言って私はそばに寄ってきた彼女を目の前の椅子に座るように促す。
「熱は?…一応、測っておきましょうか。じゃあ体温計…って何してるの」
「せんせー…胸が苦しいんですう」
おどけたようにそう言って、ちらりと胸元をはだけさせる。ひとつ、ふたつ、みっつ。制服のボタンを上から外す。 かわいらしいレースのブラ。白の生地に黄色のレース。
「…ね、どきどきする?このブラ、かわいくない?新しいんだ。勝負下着!」
「……バカなこといってないでさっさと測りなさい。早くしないと追い返すわよ」 「だって先生にみせたかったんだもん」
そんなかわいいことを言って、彼女は体温計をうけとる。
「…体温計と言えばさ、よく、まんがとかでさあ、口にくわえたりするじゃない。でも今までそんな測り方してるひとって見たことないんだよね。そういえばなんとなく脇にはさんでたけど、もしかして正しい測り方って口にくわえたりする?はい、あーんて言って」
あーんと口を開けて、目を閉じる。そして私に向かって両腕を広げる。私はやれやれとため息をついて、身に着けている白衣のポケットを探る。……ん、あった。
「…ん!何?」
「飴よ。悪ふざけもいい加減にしなさい。具合、悪いんでしょう?」
乱暴に彼女の口の中に飴を放り投げ、目の前のちいさな鼻の頭を軽くつまむ。
「抱きしめてくれたっていいじゃんけちー。減るもんじゃあるまいしー」
彼女は不満そうにそう言うと、鼻息をふんと強く吹く。その力強さに、私は思わず、指を離した。
「きったないなあもお」
「せんせーがいつまでも私の鼻つまんでるから悪い」
彼女はけらけらとおかしそうに笑って、私が与えた飴を、ごりごりと噛み砕く。
「ね、すごい音。聞こえる?」
そう言って、彼女は笑う。その表情に、少しだけ欲情する。
今、この後、彼女にキスをしたら、甘い味がするのだろうか。抱きしめたら、甘い匂いがただようのだろうか。そんなことを思いながらぼんやりと彼女の口元を眺める。
頭の中ではいつも私は獣だ。目の前にいる無邪気なちいさな獲物に、想像の中で、酷いことをする。
「せーんせ?」
目の前にはちいさな獲物。うすっぺらな私の理性。
「……えろいこと考えてる顔してる」
ね、えろいことしようよ。午後は自習なんだもん。授業ないんだもん。先生が好きなんだもん。
そんな支離滅裂なことを言って、獲物は誘うように少しだけ、両足を開く。
短いスカートからすっと伸びた、白い太腿。
「あ、でも流血プレイになっちゃうかなあ」 ひらひらとスカートを弄びながら、ぽつりとつぶやく。まったくムードも何も、あったもんじゃない。 「……若いっていいよねえ。欲望のままに行動できるもんねえ」 ため息をついた私に、彼女は笑う。若いって本当にうらやましい。何でも面白くて、毎日が楽しそう。多分私も、そんな時期があったんだろうけど。
「せんせーオヤジっぽーい。ねえ、スカート、好き?制服萌え?」 のんきな声。さっきまでは、ものすごい顔をして誘ってきたくせに。
(えろいこと、ねえ) 実際本当にやってみたら、やっぱり、教育者としてまずいわけで。
そうねえ、とだけ私は言って、とりあえず彼女を抱きしめた。
end.
(2007/07/14)
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