『人を好きになることは、息するみたいに自然なことだから』




 それはたぶん、とても、すてきなこと。









その1


俺の親友がホモに狙われている。…・・・というのは語弊があるが、まあ厳密に言うと違う、と思うのだが大雑把に言えばそうなのだ。




「……なんだよ、五十嵐」
「いや」
 胡乱な目で俺を睨むこの男。姓は高橋。名は晴彦。一人の人間限定で「はるちゃん」なんて呼ばれている。同じラグビー部で同じクラス。そして忌々しいことに、何でか知らんが俺の親友だ。
 見た目はどっからどうみても熊男。ヒゲは濃いし眉毛も濃い。別に男前ってわけでもなく、ブサイクってわけでもない。ごく平凡。ごく平凡な顔立ちだ。でも、まー筋肉だけはイケてると思う。腹はぶよぶよだが胸板が厚い。すげえ厚い。たぶんぴくぴく動かせると思う。まあ俺も動かせると思うけど。
 そんなことを思いながら奴の胸板をじっと見つめる。そしておもむろに俺のてのひらは奴の胸の飾りに…触れ……。

「な・に・す・ん・だ・よ!!!!!!」
「いででででいででででで」
 何となく伸ばした手のひらを、べしりと叩き落とされた。そしてそのまま高橋は、俺の耳をぐいぐいと引っ張ってくる。
「さっさと着替えろよ、更衣室閉められちゃうぞ、つか先輩たちに怒鳴られるぞ?このあとミーティングだって言ってたからさ」
 なんだよちょっとしたスキンシップじゃねーか、そんな怒ることないだろうよ。いやーんまいっちんぐ、くらいは言ってのけるユーモアが必要だぞ、お前には。そんなことを思いながら、俺はごほんごほんと咳払いをする。ええい離せ、離せいい加減に。
「いやあちょっとお前の胸の飾りにな」
「は?胸の飾り?なんだよ、乳首のことか?つうか摘むのはナシだろ。オマエ、痛いっての」
 乳首って。つか問題はそこなんだ。
「やーなんていうか、何でオマエなんだろうな、ってさ」
 どっからどうみてもいかつい熊男のオマエにさ。
「何でって?」
「スガワラだよ」

 すがわらだよ。と言った俺の言葉を聴いて、この親友ときたら、そのいかつい顔をみるみる真っ赤にして、ぶっきらぼうにこう言った。


「……こっちが聞きたいよ」







 スガワラというのは、俺の親友であるこの高橋を狙っているホモだ。
 ホモっていうのはまあ存在くらいは知ってはいたが、本当の本当に生息しているとは思わなかった。なんていうかテレビとかでよく見る、くねくねしている男のことだとうっすら認識してはいたが、ホモという人種はいろんな奴が居るらしい。
 スガワラは俺が認識していたホモとはどうも、全く種類が違っていた。
 別にくねくねしてなかったし、女言葉も遣わない。スカートも履いてなかったし、別に化粧もしてなかった。それよりなによりスガワラは、かなりのイケメンなのだ。(まあ背は低いけど)
 おそらく普通にしていれば女にかなりモテると思う。というかモテてると思う。
 実際、スガワラは女子に人気があった。この俺でさえ顔だけは知っていたくらいだ。


 ある日の朝、いつものように登校し、いつものようにいつものコースを歩いていた。
 すると何やら人だかり。
 目を向けるとなぜかこのいかつい熊男と、顔だけは知っている背の小さなイケメンが、何と手をつないで歩いていたのだ。
 考えてもみて欲しい。小学生ならいざ知らず、高校にもなった大の男が二人して、お互いに手に手をとって登校だ。
 はっきり言って、異様。すごく異様。
 奴ら(というか高橋)は、俺の姿を捉えると、あーとかうーとかむーとか言いながら、気まずそうに顔を顰めた。
 「……というわけなんだ」
 と、何故か男同士で手をつないで登校することになったいきさつを、しどろもどろに俺に話した高橋。そしてその隣には満面の笑みのスガワラ。

 話を聞くと、この小さなイケメンが、このでっかい熊男にフォーリンラブ。それではお友達からはじめましょかーとなって、何だかよく知らんが毎日手を繋いで登校することになったらしい。

 しかもこいつら。

「ミッチー」
「はるちゃん」

 と呼び合う仲になったというからもう大変だ。



 正直そりゃねえだろう、と思ったのではあるが、どうもスガワラというこの男、話してみると、どうやら結構策士らしい。まあ高橋は近年稀に見る単純筋肉バカだから、なんかよくわからないうちに丸め込まれたというところだろう。
 そう解釈した俺は、とにかく二人で行動するなとアドバイスした。のだが。


「ねーねーねーねー!!見た見た?!」
「うんうんうんうん見た見た!高橋君と菅原くんでしょ?!」
「手え繋いで学校来たんだって!あーん、見たかったー」
「なんかすっごくかわいかったよねーあの二人!」
「ねー一体、どういうつもりなんだろー」


 とまあ、こんな風に、学校中のウワサの的だ。




 見た目が華奢でかわいい男だったらまだ分かる。
 見た目がかっこよくて、渋い男だったらまだ分かる。
 

 なんでこの、熊男なんだ?


「それはこっちが聞きたいよ」
 そう言ってうつむいた高橋の顔は、別にそんなに、嫌そうでもなかった。






その2



「それは、あんたがノンケだからだね」
 そう言って、俺の隣でけらけらと笑ったのは、いとこの姉ちゃんだ。ここは俺の部屋で、俺のベッドの上にはいとこのねーちゃんと俺。こうしてたまにねーちゃんは俺の家に飯をたかりにくる。
「ノンケって何?」
「女が好きな男のこと」
 ああ、普通の男のことか、そう言って頷いたら、べしりと頭をはたかれた。
「普通っていうもんじゃないの」
 俺は結構ねーちゃんと仲がいい。兄弟が居ない俺にとって、ねーちゃんは本当のねーちゃんのような存在であり、初恋の存在だ。
 まー初恋というのは実らないように出来ており。
 ねーちゃんはよくわからないが、女しか愛せないらしい。男が嫌いなんだそうだ。化粧っ気もなく、髪も女にしてはものすごく刈り込んでいるねーちゃんは、まあ確かに男っぽいし、男と並んで歩くよりも女と並んだほうが様になる感じだ。
「で、あんたはどう思うの?」
「どうって?」
「そのスガワラって子のこと」
「ああ、」
 特に何も。まあイイヤツだなとは思うけど。
 そう言ってみたら、ねーちゃんは満足そうに頷いた。
「あたしの教育は間違ってなかったんだねえ、うんうん」
「なんだそれ」
「キモチワルイ、とか思わないってことでしょ」
 そりゃ、まあ、それは。またもやそう言って頷くと、
「それは善きかな善きかな」
 くくく、と笑って、ねーちゃんはごきげんでタバコとライターを取り出した。
「……でも、やっぱり俺には理解できんなあ。あ、ねーちゃんタバコ吸っても灰、落とすなよ」
 へいへいと返事をしてサイドテーブルから灰皿を取り出す。そしてぷかあと煙をひと吹き。
「理解しようなんて思わなくていいの。中途半端な理解示されても当事者としては超迷惑。だいたい他人が人を好きになることに理解とかそんないらないよ。ちんぽくわえらんない男がちんぽくわえたい男の気持ちなんて完全にわかるわけないんだから。いい?ゲイだビアンだヘテロだーってのはね、一つの個性としてとらえるべき」
「ははあっていうかねーちゃんソレちょっとちがうんじゃないの。くわえらんないホモだっているかもしれないじゃないか」
 なんてこと言い出すんだこの女は。
「まーちんぽはさておき。人を好きになることって、息するみたいに自然なことなんだからさ」
 そう言って、俺の目の前でまたぷかりと煙をひと吹き。
「その対象がちょっと自分と違うだけってことなんだよ」
 そう言って、にんまりと笑ったねーちゃんの笑顔に、ちょっとだけどきどきする。
「ちょっと自分と違う……。まあ、確かにな」

 ということは、スガワラにとっては高橋のことを好きになることがこの上ないくらいに自然ってわけなんだ。
「そうそう、好きなタイプがちがうだけってことなんよ。オマエは巨乳が好き。あたしは貧乳が好き。スガワラはまったいらが好き」
 なーんも、難しく考えることなんかない。
 一見複雑な問題も、実はとてもシンプルなんだよ。



「……恋愛って、シンプルかもしんないけど、なんだか奥深いもんなんだな」
 そう言ってため息をついたら、いっちょまえに、と笑われた。





その3



「はるちゃんの好きなところ?」
 なんだよ急に、とスガワラが笑う。
 見れば見るほど不思議な感じだ。こんなにさわやかで普通のカッコイイ奴があの高橋を好きだなんて。
 俺らとは全く違う。すごく色が白くて、髪の毛が茶色で、顔立ちも何だか外国人みたいだ。背は少し小さいけど、まあ剣道やっているだけあってちょうどいい体型だ。細くもなく太くもなく。その気になればハーレムとか作れるんじゃないか。
「やあ、そこんところ、聞いてなかったなあと思って」
 そう言って俺はスガワラを眺める。……ほんと、もったいないよなあ。何であいつなんだろ、こいつ。ホモだとしても、もっとこうかわいいやつとかかっこいいやつとかよりどりみどりだろうに。
「そうだなあー」
 そう言ってスガワラが腕を組んで考え込む。そしてふと、探るように俺を見つめる。少しだけ長めの、さらさらの髪の毛が、ふわふわと風に揺れる。
「でもさ、別に教えてもいいけどさ、やっぱりこういうことって、まず最初に本人に伝えたいんだよなあ」
 ふむ。なるほど。それもそうか。けっこうロマンチストなんだな。スガワラはそういいつつも、なにやらうきうきとしているように見える。まるで言いたくて言いたくてたまらないって顔だ。ああ、なんていうか、しあわせそうだなあこいつ。
「……まあ一つだけあるとすれば、なんだろう、雰囲気かなあ」
 口の端をむずむずとさせながら、スガワラは頷きながらそう言った。
「雰囲気か」
「癒し系っていうか?」
「あー」
 なるほど、わかる気がする。あいつ、何だかぼーっとしてるもんな。なんていうか、大仏みたいなそんな感じ。表情が悟りを開いてるって言うか。
「俺を好きになってくれるなんて、思ってるわけじゃないけどさ。でも、若いうちは当たって砕けろって言うし」
 言うっけか。
「とにかく、ひとことではあらわせないんだ」
 そう言って笑ったスガワラの顔がとても、とても何ともいえないような表情で。

 俺はなんだか、なんていうか、何も言えなくて。


「っていうか五十嵐どうしたの急にそんなこと聞いてくるなんて」
「あー、高橋の親友としてだな、オマエをこう、観察しているというか」
 ま、実際はなんとなく、なんだが。
 そう言うと、なにそれ、とスガワラが笑う。
 ……しっかしよく笑う男だ。なんか、こう。恋をすると誰もが、こんな状態になるんだろうか。
 そう思いながらぼんやり奴を眺めていたら、スガワラが急に真面目な顔になる。
「五十嵐ってイイ奴だよね。普通こんな風にゲイの俺と会話したりしないよ。しかも俺はお前の親友を狙っている。なのに五十嵐は、俺の話を聞いて、しかも、応援してくれてる」
「惚れる?」
 ちょっと好奇心で聞いてみる。
「それはないけど」
 あ、やっぱり。
「即答かよ……でも、まあ、」

 それはやっぱり。


「オマエがイイヤツだからだよ」



 そう言って、何だか照れくさくなって肩をすくめてやったら、ありがとう、と嬉しそうにスガワラが微笑んだ。








その4




「なあ、五十嵐」
「何だ」
 いつもの練習の帰り道。高橋が俺に話しかけてくる。
「あいつ、どう思う?」
「あいつって?」
 高橋はやっぱりだらだらと歩いている。こいつってば猫背なんだよな、そう思いながら俺はあいづちをうつ。
「スガワラだよ」
 一瞬の間があって、高橋は思い切ったように吐き捨てるように言う。
「ああ、ミッチーか」
「だから何でお前がミッチーとか呼んでいるんだという話」
 いいじゃねーか。ちょっとくらい。
「アレ、本気だと思うか?」
「お前を好きだってこと?」
「まあ…、そういうことかなあ」
 そうあいまいに言って、高橋が続ける。
「俺に告白した時スガワラは、本当の本気だったと俺は思う」
 それはきっと間違いではないだろう。震えた声、震えていた手、汗ばんだ手のひらの感触。それはきっと嘘ではないし、高橋はしっかりと覚えているはずだ。
「だけど、友達として付き合い始めてからはどうだ?あいつはずっとふざけていたような気がする。奴は俺を落とす作戦だと言っていたけど、それにしては、何だかふざけすぎだと思わないか?」
 恋心っていうのは、内に秘め、ひそやかに燃やすもんじゃないのか。違うのか。どうなのか。それが、高橋の考えらしい。俺は黙って奴の言葉を聞いてやる。


「なんていうか。俺のこと、からかってるんじゃないかとか。何か、大掛かりなドッキリじゃないかとか。なんていうか、あいつ、飛ばしすぎだったろ、俺、正直、ついていけなかったんだ。ついていけないんだ」
 まあ、大部分は俺のせいでもあると言えるが、しかし。
 ほんの少し、ほんの少しだけしか疑っていないことだとしても、口に出してしまうと、疑惑が確信に変わっていくような、そんな錯覚を覚えてしまうものであり。
「あいつは俺を好きだといったけどさ、その割には、午後は教室に遊びに来なかったし、部活の後も何もなかった。メールすらない。もう飽きちゃったんだろうかとか、もしかしたら、思ったより俺がかっこよくなかったからもうどうでもよくなっちゃったりしたんじゃないかとか、そんなことをぐるぐると考えちゃって、何だか、頭がごちゃごちゃしているんだ。ほら、俺、俺さ、モテたことないからさ、なんていうか」
 そんな奴を見て、俺は急に立ち止まった。高橋は急に立ち止まった俺を不思議そうに見つめる。
 あーばかばかしい、ばかばかしい。お前ら、ほんと、さっさとデキちゃえばいいのに。
「?」
「……高橋、俺は、多分、あいつは本当にお前のことが好きなんだと思うぞ。じゃなきゃ、あんな弁当作ってこないだろ。っていうかお前、今まで浮いた話なかったろ、だからそんな重く考えちゃうんじゃねーの」
「うーん、でも何か、本当にどうしていいかわかんねんだよなあ」
「好きじゃなきゃ、あんなに真剣に馬鹿やれないと思うぞ。あいつ、本当に一生懸命だった。少なくとも、俺にはそう言ってたぞ」
 あいつがオマエのことを話すときのあの顔、本当にみせてやれたらいいのに。
「なあ、高橋」
 高橋は黙る。俺はかまわず話を続ける。
「お前さ、もし、本当につきあってやる気ないんならさ、あいつにあんまり期待持たせるようなことしちゃだめだぞ。お互い仲良くなっちゃうと、後でつらくなるだけだからな」
 高橋はやっぱり黙っている。もう辺りも真っ暗だ。表情が見えない。それでも俺は、話を続ける。
 高橋がどんな答えを欲しがっているのか、俺にはさっぱり分からない。でも、とりあえず、正直な気持ちを。

「高橋、あいつはすごくいいやつだ。すごく面白い。ぶっちゃけ、俺あいつのことすげー好きだ。お前のこともすげーいい奴だと思ってる。だからこそ、俺は面白…じゃなくて心配だ」
「面白ってお前」
「…でも、まあ、何かあいついい奴だから、頑張って欲しい気もする。ていうかお前らがつきあったら、俺的にはすごく面白い気がする」
「やっぱり面白がってんのか」
「……、まあ、個人的な意見だし、ひとごとだから言える意見だ」
 そこまで言うと、俺は高橋に背を向けて歩き出した。
 俺は奴が欲しい言葉を与えてやれたのだろうか、どうなのだろうか。そんなことを考えながら、空を見上げた。
 暗い夜の空は曇っていて、まああたりまえだが、星なんかひとつも見えなかった。




 ああ、恋ってやつは本当に、ややこしいものなのだ。








 高橋と別れ、家に着いて、部屋で着替える。
 制服のポケットの中に手を入れると、カサ、と音がした。
「あ」
 それは以前、スガワラと一緒に作ったアンケートの下書きで。
(アンケート、ねえ)
 こんなのまで作っちゃって。
(あいつ)
 高橋のことが知りたくて、高橋の全てを理解したくて、一生懸命作った100問のアンケート。俺も少し手伝った。

 


 好きな色は、なんですか。
 好きな食べ物は、なんですか。
 好きな動物は、なんですか。
 好きなテレビは、なんですか。



 それは事細かに奴の好みを探ろうとするような質問ばかりで、何だか少しだけ、おかしくて。
 一生懸命考えたんだろうなあ。足のサイズとか、身長とかまで聞いてどうするつもりなんだか。そう思いながら、質問をひとつひとつ順番に読んでいく。

 
 俺の手のひらには、アンケート。あいつが一生懸命考えた、沢山の質問。

(高橋、ちゃんと答えてやったのかな。ちゃんと書くように電話しとくか)



 『人を好きになることは、息するように自然なことだから』
  頭の中で、ねーちゃんのことばがぐるぐると回る。

「それにしたって、ここまで愛されるってのも、なかなかないよなあ」

 ……うまく、いけばいいのにな。
 そう思って、そう、願いを込めて、俺は携帯を引っつかむ。




 『人を好きになることは、息するみたいに自然なことだから』



 俺が高橋の話を聞いてやることも、スガワラを手伝ってやることも。
 それはきっと、たぶん、いいことなんだろう。

 ああ、恋ってやつは本当に、ややこしいものなのだ。

 だからこそ、たぶん、俺みたいなポジションの奴も必要なんだ。


「恋ねえ……」
 俺にもそんな時がくるのだろうか。どうなのだろうか。まあ、俺の相手は巨乳がいいけど。そんなことを思いながら、俺は高橋に電話する。
(みんな幸せになればいいのにな)
 そんな柄でもないことを祈りながら、俺は呼び出し音を数えてみる。


 ま、キューピッドも悪くない。


 それはたぶん、絶対、きっと、とってもすてきなことだから。




おわり




「ユーアーマイサンシャイン。」番外編、五十嵐視点。
トイ子さんへ捧げます。

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