**明日は雪が降るそうだ**



 明日の朝は、雪が降るそうだ。
 そういえば、天気予報で見た気がした。




 ただいまーなんて聞こえてはーいおそかったねーなんて答えて、やれやれやっと帰ってきたか、そんなことを思いながら、キッチンに立つ。
 そろそろ帰ってくるころか、そう思って半分まで沸騰させておいたお湯をまた火にかけて、その間にマグカップをとる。そしてキッチンに淡い淡い色のカップをふたつ並べて、お茶の葉っぱを戸棚から取り出して、隣に並べた。
 そうしてふと思い立ち、冷蔵庫からミルクを。
 今日はとても冷えたから、きっと外も寒かっただろうから、もしかしたら紅茶よりもしょうが湯とかがいいだろうか。それともミルクを温めたほうがいい?
 
 しゅうしゅうと音をたてるやかんを横目に、いつまでたっても姿を現さない先ほどの声の主を探しに玄関へ。
 すると下を向いて彼女が立っていた。
 おかえり、と声をかけて、そばに近寄る。
「げ、やだ何あんた泣いてるの?」
 声もなく頷く彼女。なにがあったのかはあえて聞かない。
 とりあえず、ちいさなコドモのように下を向いて動かない彼女の手のひらをぎゅっと掴んで撫でてみる。
「冷たいね、外、寒かった?」
 返事はない。そのかわり、私が掴んでいるひんやりとした手のひらにぎゅっと力がこめられる。
「とりあえず、中に入ってお茶でもしよ?まーどーせあんたのことだから、男に振られたとかそんなどーしよーもないことなんだろーけど」
 ほら、涙拭いて。鼻水でてる。
 かたくなに下を向いている顔を、ぐいぐいと乱暴に袖で拭ってやる。
「ぎゃーきちゃない!マジで鼻水でてるよはーもーしょーがないなー……って、お?」
 ふうとひとつ、ため息をつく。するとそのまま彼女が抱きついてきた。ぎゅうぎゅうと力をこめ、息が出来ないほど、力強く抱きしめられる。
 そのあまりの力強さと、彼女の髪の毛から漂う甘い香りに、少しだけどきどきして。
「……もう、ほんと、どうしたの」
「……」
 やっとの思いで、声を出す。
 それでもずっと、黙っている彼女。

 ため息をひとつつき、私は彼女の背中に両腕を回す。

 そんな男はやめちゃいな。
 (わたしにすればうんとしあわせにするのに。)
 そんな言葉を飲み込んで、彼女の背中を撫で続ける。ひんやりとしたその感触が、外の空気の冷たさを思わせる。


 明日は雪が、降るらしい。
 そういえば、天気予報で見た気がした。



 降って降って、たくさん降って、そうしてみんな、白く、白く染まればいい。
 悲しいことも、私の気持ちも、どこかへ消えて、なくなっちゃえばいい。


 腕の中にはかわいい彼女。
 しくしく泣いてる、かわいい彼女。
 さーてどうしたものかしら。

 とりあえず、おいしいお茶を、飲ませてあげよう。
 そんなことを考えつつも、頭の中はうわのそら。




 向こうのほうでピーピーと、やかんが鳴いている音がした。






おわり



(2007/11/17)










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