一目ぼれって、あると思う?








「好きだ。お前のことをずっと見ていた」
 そんな今時少女漫画にも登場しないようなくさい告白。でもその破壊力は結構すさまじいものでもあり、目の前にいるちょっと自分の好みとは違う男でも三割り増しによく見えて、「あれ?ちょっといいかも…」なあんて一瞬勘違いしてしまいそうなそんな効果もなきにしもあらず。と、いうか。
「えーと…お前、大丈夫か?」
 とりあえず、やっとのことでそう言って、俺は頭を抱えてみた。














** ユ  ー  ア ー    マ   イ   サ  ン  シ   ャ  イ ン     **














俺は、おひめさまになりたかった。








かわいいものが好きだった。
きれいなものがすきだった。


例えば、レース。
例えば、リボン。
例えば、綺麗なドレスを着たお人形。


 好きな色はピンクで、身に着けるものもいつもピンク。
 ひらひらふわふわしたスカートが大好きで、すこしだけかかとのある靴を履くことがなにより嬉しいことだった。
 眠るときには窓を開け(いつピーターパンがきてもいいようにだ)、目を閉じては白馬に乗った王子様が迎えにきてくれるところを妄想し(もちろん、金髪碧眼の白人だ。どうでもいいけど、ディズニーの王子様たちはゴツいと思う。)、お姫様になった自分を想像しては大興奮して眠れなくなる(何故かいつも結婚式だった。)、そんな乙女チックかつロマンチックな痛いかわいそうな幼少時代。


 俺は大きくなったら自分は『おひめさま』になって、白馬に乗った王子さまとお城に住むもんだと自分の未来を信じて疑わない少年だった。
 男だとか女だとかそんなことはすべてがあいまいな事柄で、ぼんやりと自分は女になれると思っていた。
 母親はそんな俺をおもしろがっていたし、俺の父親も特に気にしてないようだった。友達といえば女の子ばっかりだったし、彼女たちも俺を女の子として扱ってくれていた。(何しろスカートをはいていたからだろう。)また、俺は何故か幼稚園にも行かなかったから、特に自分の性別に疑問をもったことがなかったのだ。夢のように未来が輝いていて、残酷にも周りは暖かかった。


そして、月日は無情にも過ぎていくもので。
 時が過ぎ、成長し、小学校へ入学し。俺は俺が男だということ、おひめさまにはなれないということ、男には白馬の王子様は現れないということを知り、また、体育会系の親父の遺伝子を色濃く受け継いだ俺は、高校生となった今、『おひめさま』とは程遠い、男らしくたくましく、むさくるしい男に成長した。
 最初はもちろんショックを受けたし、悩んだりもしたが、今となってはもうどうでもいい。悩んだって仕方がないし、こればっかりはどうしようもない。 まあこれはこれとして、それなりに熱くてむさい男ライフを満喫している。と、まあそれはどうでもいい話ではあるが。






話しは冒頭に戻る。
 俺は以前確かに女の子になりたかった。が、しかし今はそうでもない。未だに綺麗なものは好きだし、かわいいものも好きだ。むしろ愛している。
 ふわふわひらひらしたスカートも好きだが、もちろん今はさすがに履いていない。履きたいとか、似合うようになりたいと思うことはあっても、俺は俺だし、男だし、そしてこのいかつい身体にはなにより似合わない。だから今は見るだけで満足だ。

 俺は乙女チックに過ごした幼少時代の反動なのか知らないが、今は必要以上に男らしい外見にふさわしい男を目指しているのだ。で、あるからして、このように男から「好きだ」などと言われる覚えは皆目見当たらない。
 外見が女のように華奢なのであればまだ分かる気もするが、この俺だ。
 眉は太いし、顔もでかい。ひげも濃いし、ラグビーのたまものかどうかは知らないが、肩幅も広く、自分で言うのもなんだががっちりして結構いい体格をしている。髪は短髪だし、身長だって180は超えている。そして体重もそれに見合う数値だ。と、なればあれしかあるまい。
「ああ、そうかなるほど筋肉か」
 そういえばそういうのが好きな男がいるとも聞いたことがある。そうか。きっと、そうなんだろう。確かに俺の筋肉は、結構いい線行っていると思う。

「…なにさっきからぶつぶつ言っているんだ」
 目の前の男は不機嫌そうに俺を見つめた。
「いやだから、なんというか、そんなに俺の筋肉が魅力的だったのかと」
 そう言って見つめ返してみたら、男の眉間に皺が寄る。
「…あーのーね。俺、告白したの。分かってる?筋肉とかそんなのどっからでてくるわけ。俺はお前が好きなんだ。ずっと前から。そう言われてなんで筋肉なのちょっとアンタ」
 ぐい、と顔を近づけてくる。あらよく見ればかわいい顔。ああ、そうか、俺はこいつを知っている。確か、名前は麻生だったと思う。
「悪いけれど、俺はお前に好いてもらう理由が分からない。ずっと俺を見ていたとか言っていたけど、お前、あれだろ、俺の肉体美に見とれてだろ?」
「……、」
「いや悪いことは言わない。俺はこう見えても脱いだら凄いんだ。ぶよぶよなんだ。特に腹が。というわけで俺の肉体に目をつけてそんなことを言っているのかもしれないが、他をあたってくれ。なあに、お前ならきっと他にいい筋肉が見つかる」
 な?そう言って目の前の不機嫌な男の頭をぽんぽんと軽く叩いてやった。わはは。なんだかよく分からないが、これでよし。そんなことを思いながら奴の頭にてのひらを乗せてみた。身長が低い。そんなことを思いながら相手をまじまじと眺める。
「…あのね、」
 麻生はしばらく沈黙した後で、頭の上に乗せていた俺のてのひらを振り払い、俺を睨み付ける。
「ん?」
「俺は、別に筋肉フェチでもなんでもないよ。お前が好きなの。そのぶよぶよだかなんだかしらない腹だとか筋肉だとかはどーでもいいの。お前が好きなの!日本語分かってる?アーユーアンダースタンドジャパニーズ?」
 わざとらしく英語を発音させて、さらに俺に詰め寄る。俺はその剣幕にちょっとだけびびる。
「ええ?だって」
「何」
「俺だよ?」
「そうだよ」
「俺、男だよ?」
「関係ないよ」
「ホモなのか?」
 あ、ゲイって言うんだっけか。こーゆー場合。
「…それはノーコメント。ひとのセクシュアリティを訊くもんじゃないの」
 麻生はむっとしたような表情でますます眉間に皺を寄せる。でも。だが。しかし。俺に告白をしてくるという時点でそんなの明白な気もしないでもない、と、頭では分かっていてもついつい聞いてしまう。
「すまん。ちょっと気になって…」
 悪いと思ったら素直に謝るのが吉だ。
「分かればよろしい。というか、そんなことは今この瞬間にはどうでもいいことだろ?今大切なのは俺がアンタを好きだってことで、アンタは俺を受け入れるのかってこと。俺がホモかどうかはどうでもいいことでしょ。違う?こっちは悩んで悩んで勇気を振り絞って好きだって言ってるのに、で、あんたホモなのなんて訊かれるなんてそんなちょっと可哀想なんじゃないの、俺?」
 うーむ。なるほど。そう言われればそんな気もする。これからは気をつけよう。
「もし俺が筋肉大好きーでアンタの筋肉を気に入った見境のないホモだと思っているんなら、それは断じて違うから。言っとくけど身体目当てじゃないからね。俺は純粋にアンタが好きなんだ」
「何で」
「そんなの、一言で表せないよ。全部理由を述べるのであればきっと一日じゃ足りないね」
「……何で」
「だから、一言では表せないって。というか、あんたはどうなの?俺のことどう思うの」

 どう思うのって言われても。
 だって俺たち男同士…とかそんな初歩的な戸惑いは何故か一瞬で消え、俺はぐるぐると馬鹿正直に考えてしまった。え?だって俺ごついよ?だって、そんな俺たち今まで話したこともないし、こいつのことよく分からないし。ていうか、こいつ、本気で俺のことが好きなのか?
「……分からない。ていうか俺、お前のこと名前しか知らないし…。」
「あ、名前、知っててくれてるんだ」
 あまりにも嬉しそうな声色を出すもんだから、何だか少しだけどきどきした。ああ、どうしよう。今更ながらに緊張してきた。どうしよう。
 急に訪れた動揺を何故か必死に悟られまいとして、俺は大きく頷いた。
「ああ。…お前、麻生だろ?…弓道部の」
 やっとのことでそう言って、俺は視線を逸らした。麻生の視線が、痛い。なんだなんだなんだこれは。なんか身体が熱くなってきたぞ。汗も出てきた。いまさらながらこれは凄いシチュエーションなんじゃないか?
「……高橋」
 高橋。そう、それは俺の名前。
 麻生も俺の名前を知っているのか?やべえ、何だか本当に緊張してきた。ちょっと嬉しいかもとか、そう思って視線を戻すと。


目の前には何故か不機嫌な顔。そして奴は大きく息を吸い込んだ。


あ、あれ?





「俺の名前は菅原!そして剣道部!いい?今すぐ覚えて。す・が・わ・ら!ハイ復唱!!」




 …あーそれはまた失礼致しました。
 吐き捨てるようにそう怒鳴られ、鬼のような形相で睨み付けられた。さっきまでの淡い感情はどこへやら。 なんだかすごい剣幕で怒られつつ、奴の自己紹介を一通り聞かせられ、何回も名前を呼ばせられて。そんなことをしたもんだから、緊張だとかさっきまでの色々な思考は一切吹き飛んで。


こうして、俺たちのファーストコンタクトは終わったのだった。







next.






 
2007/1/14










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