それはじわりじわりと来るもので。








「で、それでお前らここまで手をつないできたってわけか」
 真剣に「なんだお前ら」なんて言いたげな目をして、五十嵐が俺たちを見つめる。
 そしてとどめの一言、「異様だぞ」。




 異様かなあ。やっぱ異様なんだろうなあ。





 俺みたいな熊男とこいつみたいなチビっ子が、兄弟でもないのに、というかそれ以前に、高校生でもあるいい歳した男二人が手をつないで登校してきたら、きっと五十嵐でなくても「なんだお前ら」という目で見てくるに違いない。というか見られていたに違いない。
 五十嵐は手をつないで歩いている俺たちを見て、まず「オウ」と変な声をあげて、とりあえずいいからこの状況を説明しろと俺に迫ってきた。え?この人通りの激しい通学路のど真ん中でですか?なんて思ったりもしたのではあるが、まあとりあえず見られてしまったわけだし、親友だし、隠しても仕方がないと思ったし、何よりスガワラが隠す気がないようなので、俺も正直に話すことにしたのだ。
 五十嵐は、俺とスガワラを交互に見つめながら、真剣に俺の話を聞いている…ようでいて聞いていないのかもしれない。こいつはそういう奴だ。でも、あー、これは引かれるかな?どうかな。そういや普通に思い出話のように話しちゃったけれども、改めて考えてみるとものすごい話だよなあこれ。



「ま、そーゆーことで」
 そう言ってうつむく俺のとなりで、スガワラが満面の笑みを浮かべながら、つないだ方の手のひらを掲げる。まるで「ねえ〜見てください!俺たち手えつないでるんですよ!手えつないで学校来ちゃったんですよ!」なんて周りに高らかに宣言しているかのようだ。
 と、いうか。
「…スガワラ、お前、何か企んでるだろう」
 スガワラによってむりやり上げられた手のひらを、これまた無理やりに下げつつ、俺はじろりとスガワラを睨む。
「あ、ばれた?とりあえず周りに周知して公認になり、あわよくば周りの雰囲気から攻めていこうという俺の素晴らしい華麗なる作戦が」
「…やっぱり…」
「ちなみにこの作戦ははるちゃんを狙う奴らへの牽制にもなるわけだ」

 狙うって何だ。

 どこか誇らしげに胸を張り、にやにやと笑うスガワラの頭を、持っていた鞄(すごく軽い)で軽く小突いてやる。そんな俺たちを見て、五十嵐はどうしたものかと腕を組む。
「いや、なんていうか、何だか一部で異様に騒いでいたからな、何なのかなーと思って振り向いてみたらお前らだったわけで。まー、よくわからんのだがお前たちは仲がいいってわけなんだな」
「仲がいいっていうか…」
 なんていうか…あ、でも俺たち一応友達になった、ん、だよな?一方には友達以上の感情があるとはいえ。(しかもどうやらそれは期間限定であるらしいのだが。)
 そう思って、俺は頷く。


 はーい、俺たち仲良しでーす。なんだかよくわからないけど、毎朝手をつないで登校することになっちゃいましたー。




「…まあ、仲良きことは美しき哉、だからな。そんなたいそうな理由でもなさそうだし、まあいいだろう」
「たいそうな理由でもないって…」
 俺は結構たいそうな理由だと思うが。というか何でそんなに偉そうなんだ五十嵐。
「先輩!それは失礼ですよ!俺は真剣に彼のことを愛、し、むぐっ」
「いいからお前黙れ。そして誰が先輩だ。こいつは俺らと同級生だぞ」
「ふぁ、ふぉーなんふぁ?(あ、そーなんだ?)」
 とりあえず、何やらもごもご言っている奴の口元を、つないでない方の手のひらでふさいでやった。これ以上よけいなことを喋らせるとなんだかややこしくなりそうだ。
 全く、恋人として振舞うってこういうことなのか。これは、ちょっと…疲れるぞ。

 そんな俺たちのやりとりをじっと見ていた五十嵐は、ふうやれやれと肩をすくめた。なんだ何だそのリアクションは、おい。
「まあまあ、よくわかった。よーくわかった。とりあえずお前ら、それぞれ学校に行け、な?まー俺がまわりにうまいこと言っておいてやるから。とりあえず、手えつなぐのは止めとけよ。お前ら目立ちすぎるからさ」
 な!と白い歯をむき出しにして微笑み、俺たちの肩をばんばんと叩いてくるこの親友の、体育会系の男にありがちな胡散臭い爽やかさに、俺は少しだけむっとする。
「なあ五十嵐…」
「あ?」
「楽しんでるだろう」
「……」
 五十嵐は何も答えずに、代わりに意味ありげなウインクをしてくる。きもい。はげしくきもい。


「…まーとりあえず、俺はお前らのお邪魔にはなりたくないから先に行くわ。えーと、スガワラ?とりあえず、またな」
 そう言って、手を振りながらも颯爽と消えていく、胡散臭いほど爽やかな五十嵐の背中を見送りながら、スガワラは俺とつないでいた手のひらを離した。
「?どうした?学校はまだ先だぞ」
「…んー。ここまでで、いいよ。今日のところは」
 どこか宙をみるように、スガワラは俺から視線を外す。
「そうか?ところで、あいつもいい筋肉だろう。あいつも俺と同じラグビー部なんだ。あの背中なんか逞しいだろうたまらないだろう抱きつきたいだろう」
「あ?あーそうだね、…ってソレどういう意味」
「別に」
「まだ何か勘違いしてない?」
「…いや」
「言っとくけど、俺は筋肉フェチってわけじゃないんだからね」
「はいはい」
 急に離れた体温が、少しだけ心にひっかかる。
 五十嵐に目立つといわれたことを気にしているのだろうか。五十嵐に根掘り葉掘り聞かれたのが嫌だったのだろうか。でも、その割には隠したいそぶりも様子も見せなかった。むしろ堂々としていたのに。
 隣に並んでいるふわふわの頭を眺める。
「…なに?」
「ん?お前の頭、ふわふわしてるなと思って」
「何それ」
「あ、寝癖だ」
「え、本当?」
 何となく、無意識に。そう、ごく自然と、そのふわふわした頭にてのひらをのせて、俺はわしわしと奴の頭を撫でてやった。
「げー、やめてよー。もっとひどくなるじゃん」
「あんま変わんないんじゃねえの」
「ひでー」
 そう口では言いつつも、スガワラはとても嬉しそうだ。でも明らかに、さっきとは違い、テンションが下がっている…ような気がする。
(分かりやすい奴だなあ。)
 もしかして、もしかすると、今更ながらに俺と手をつなぐことが恥ずかしくなったのだろうか。五十嵐に言われた事で、正気に戻ったってことなのだろうか。

 お前から言い出したんだろう、手をつないで登校しようって。どうして今更ここまででいいなんて言うんだ。手を離すんだ。
 そう思ったら、何だかもやもやしてきた。
 そんな顔するな。とりあえず笑え、笑ってくれ。気になるじゃないか、急に、そんな。
(何か調子、狂っちゃうだろ…)

 よく考えたら手をつなぐことなんて、そんなたいそうなことでもないじゃないか。何を怖気づく事がある。日本男児たるもの、一度約束した事柄は最後まで貫き通すべきだろう。そう思って、俺はスガワラのてのひらをぐいと掴んだ。



 俺も男だ。



 こうなったら意地でも毎朝一緒に、手をつないで登校してやろうじゃあないか!!!!









「…はるちゃん?」
 急に手のひらを握られて、スガワラは少しだけ驚いたように俺を見つめてくる。
「何」
 俺はつい目を逸らす。ちょっとぶっきらぼうになってしまった。
 しまった。ごく自然に、エレガントかつスマートに、奴の手を握れたと思ったのに。
 そんな俺の葛藤なんかいざ知らず、スガワラはまたあからさまに俺から視線を外してうつむく。
「恥ずかしくない?俺と手えつなぐの」
 ぽつりと、スガワラが呟いてくる。何だその顔。止めろ、止めてくれ。
「…別に」
「目立つんだってさ、俺たち」
「まーそりゃあ当たり前だし、今更だろう。お前、俺ん家からずっと手、つないできたくせに。昨日の強引さはどこいったんだ、お前。俺は別にいいと思ったからお前と手をつないできたんだぞ」
「…そっか。」
 なら、いいんだ。はるちゃんが恥ずかしくないんなら。そう呟いて、スガワラは、つないだてのひらに力を込めてくる。
「俺、結構突っ走っちゃうからさ。はるちゃんの迷惑も考えないでさ」
「……、」
 もしかして、今更、本当に今更、俺のことを気遣っているのだろうか。本当に今更だけど、でも、お前。いきなり、急に。
「…あースガワラ、…その」
「やっぱ恋愛って、押してばっかじゃだめだって雑誌に書いてたしさ」
 は?雑誌?
「たまには退かないと、嫌われるっていうし」
 ん?何だって?
「ていうかいいかげん俺のことミッチーって呼んでくれない?昨日約束したじゃない」
 あ?ミッチー?
「そんな約束したっけか」
「したよ」
 何だかすっかり元気を取り戻したかのように、スガワラは、ふんぞり返って俺を見る。
(そういえば今朝からコイツ、俺のこと、『はるちゃん』なんて呼んでたな)
 日本男児たるもの、一度約束したことは貫き通さなければいけない…のだろうなあ、やっぱり。この流れからいけば、きっと。多分。




 …ならば、仕方がない。俺も男だ。



お前を、……ミッチーと呼んでやろうではないか!!!!!!!!






 俺は大きく息を吸い込んで、深く、ふかく深呼吸をする。



「み」

おお、これは。何と言うか。

「ミッチー…、?」

…思ったよりも、……恥ずかしい。





「…ね、もう一度、呼んでみて」
 予想以上に恥ずかしいこの行為に、俺は頬が熱くなるのを感じた。ただ一言、ふざけた名前を呼ぶだけなのに。それだけなのに、恥ずかしい。
 俺は何回も何回ももう一度、奴の名前を呼ぼうとしては、深呼吸を繰り返す。
 あーなんていうか、意識しすぎなんだよな、俺。こうさらりとエレガントかつスマートに「やあ、ミッチー?」なんて呼べないものか、俺。

 一度意識してしまった事柄は、どんなに頑張ってももうどうしようもないくらい気にしてしまうものであり。ただあだ名を呼ぶだけなのに、何故にこれほどまでに意識してしまうのかというと、…それはやっぱり、相手が、スガワラが、俺に好意を持っているからであり、そして俺がそれを知っているからであり、しかも何故かミッチーなんて恥ずかしいあだ名で呼ばせようとするから…なのだが、今の俺たちのポジションは、あくまで友達同士のはずだ。
 と、いうことはだ。
 友達同士がアダ名で呼び合っても、普通に考えると、何もおかしいことはないわけで。
 あくまで友達同士の俺たちが、「ミッチー」「はるちゃん」と、一昔前の新婚さんのような、死ぬほど恥ずかしいあだ名で呼び合うことも、なーんにもおかしいことではないわけで。
 別に、付き合いたての恋人同士じゃあるまいし、ここまで意識することでもないわけであるのであるのであるのであるが。



 でも。何だ。なんていうか、…こーゆーのって、もぞもぞするな。なんていうか、こう、あー、何だ。

 あーきもい。本当にきもい。何意識しちゃってんの俺ってば。
 しかも今ちょっと鼻の穴開いてないか、俺。興奮してんのか俺。




 …そんな風に俺がいろいろと悶々と考えている一方で。
 スガワラはといえば、そんな馬鹿正直に自分の名前を呼ぼうとしている、健気かつ素直な、愛すべき俺を見つめ、少しだけうつむき、肩を震わせると。


「…ぷっ」


 吹き出しやがった。




「ちょ、……お、おまッ、笑ったなぁー!俺がこんなに頑張ってんのに、何かこうちょっと感動とかしろよ!てゆうかそんな恥ずかしい名前で呼べるかー!!何がミッチーだばーか!!」
「ご、ごめん!ていうか今言ってくれた?!ね、もう一回!もう一回だけ!」
「もー呼ぶかバーカ!!お前なんてスガワラで充分だバーカバーカバーカ!!!!」

 何だかもうさっきまでの自分を思うと、恥ずかしくて恥ずかしくていたたまれなくなって(しかもちょっと涙まで出てきた)情けなくって、どうしていいか分からなくなってしまった俺は、奇声を発しながら(もちろん、スガワラと手をつないだまま)、全速力で走り出した。
 スガワラも一緒に走り出す。隣で大笑いしながら、走っている。



 とりえず走れ!走ってごまかせ!なんかいろいろ!




 笑って笑って笑って走って、最終的には二人で息が出来ないほど腹を抱えて笑って、学校に着く頃には二人でへとへとになって。

 その姿は、やっぱり周りの目には異様だったようで。





 五十嵐の活躍もむなしく、俺たちの噂は、やっぱり学校中に広まることになったのだった。














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2007/5/6 → 5/14 一部加筆修正。




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