**かえってきたまち子さん。**
【そのに くもっためがねとラーメンとヨン様】
「感激だなあ!こんな美女二人と昼を一緒に過ごせるなんて」
……ラーメン屋でですか。
さていまいましくも私たちのラブラブタイムをぶち壊したこの男。
きらりと輝く白い歯と、一歩間違えればだっさい髪型と、そのうさんくさい爽やかなむかつく笑顔が某韓流俳優を思い出させる。
姓は江口。名は洋介。ニックネームはヨン様。
最近支社から異動になり、私たちの職場にやってきた。どうやら出向という形らしい。
社内抱かれたい男ナンバーワン。営業成績ナンバーワン。
典型的なスーパー爽やか好青年…にしてはちと歳を喰ってはいるのだが。
入社して1ヶ月やそこらのほやほや社員の私としては、あまりよくわからないのだけれども、どうやらすごい人らしい。
なにやら優秀な営業成績を収めたとか何とかで、表彰されたりされなかったり。 こんなふうに優秀な社員をあっちへこっちへ異動させて人材育成を図ると同時に、周囲の社員を刺激させて、社内の全体的なモチベーションをあげようっていうのが、ウチの会社のトップの思惑らしい。本当に効果あるかどうかは分からないけど、まあ女子社員のモチベーションはあがってるようだ。 まー、どんなに優秀だろーがヨン様だろーが、私にとってはただの空気読めないおっさんだ。 ちらり、まち子さんに視線を投げると、さっきまでの甘い空気はどこへやら。いつものクールなお局の彼女。 あー本当に、……面白くない。
「…佐藤さんと金崎さんって、ずいぶんと仲がいいみたいだね」
皆が言ってたよ、なんて言いながら、きらりと白い歯をちらりと見せて、ヨン様が私たちに微笑みかけてくる。
「え?ええ…」
なんていいながらまち子さんは微笑み返してあいまいに答える。ほんのり頬が赤い。まち子さんてば人に話しかけられるのに慣れてないのだ。奴にいちいち話しかけられるたびに私の方をちらりと見るまち子さん。ちょう萌え。かなり萌え。
連れてこられたのは、会社の近くのラーメン屋。そこで私たちは、もくもくと麺をゆでる無愛想なおっさんの、せわしなく動く背中を尻を、太っとい腕をながめつつ、カウンターに横一列に座った。
奥からヨン様、真ん中がまち子さん、そして一番手前が私。
本当は真ん中に座ろうと思ったのだけど、何だかタイミングを逃してしまったのだ。それがさらにまた面白くない。
まち子さんの隣に私以外の誰かが座るのは、たとえ上司であろうと面白くない。
「ところで金崎さん、君は中途採用なんだってね」
どん・どん・どん、と目の前に次々と置かれるラーメンを眺めつつ、きらり、白い歯が光る。ラーメン屋のおっさんは、眉ひとつ動かさずに、たっぷり汁の入ったラーメンに、指をつっこんで次々と置いていく。熱くないのかい、おっさんよ。
「毎日遅くまで佐藤さんについて仕事教えてもらってるんだってね。えらいね」
空気の読めないヨン様がにこにこ笑いながら、いろんな意味で目の前のおっさんに釘付けな私に話しかけてくる。そういえばこの人が来てから、こうやって話すのは初めてかもしれない。いつもいつもヨン様の周りにはきゃあきゃあと黄色い歓声。社内の女性皆がこのうっさんくさいさわやかな韓流俳優もどきに夢中なのだ。
まー、私はまち子さん一筋であるからして。空気も読めないエセ韓流スターには、これっぽっちも興味ない。
「そりゃまあ、社会人ですから」
ちょっとだけ、不機嫌さが声に出てしまった。やばいなーと思いつつ、私はむりやり微笑を浮かべる。口の端、ひきつってないかしら。
「それに私、まち…じゃなかった、佐藤さんと一緒に居られるの、すごく嬉しいんです」
そう言って、となりに座っているまち子さんの膝に自分の膝をくっつけてみる。ついでに密着しちゃえ、えいえい。
「佐藤さんには本当に、毎晩毎晩手取り足取り腰取り教えてもらってますから」 ねー、と笑ってさらに密着。するとぶほっとまち子さんが水を吹いた。
「きゃー佐藤さん、大丈夫ですかあ?」
私はそそくさとハンカチを取り出し、まち子さんの口元を拭こうとする。 「あなたね……!冗談はよしなさい!」
げえっほげえっほとむせながら、顔を真っ赤にしてべしりと額を叩いてくる。いやん、愛のムチ。
「ハンカチくらい持ってるし口は自分で拭くわ!それに毎晩毎晩じゃないでしょそれどころかまだ…むぐ」
「わー佐藤さんそれ以上は♪」 まち子さんてばおっもしろーい。顔を真っ赤にして眼をなみだ目にして、やっぱりぽかぽかと私を叩いてくる。やっべキモチイイ。ちょうきもちいい。
「へえ、佐藤さん、すごく慕われてるんだ」
ヨン様はそんな私たちのやり取りを面白そうに眺めながら、まち子さんに話しかける。えーい、やめろ。空気よめ。邪魔すんな。
「そ、そんな…ことは…」
まち子さんはまだげえっほげっほとむせながら、うつむく。
頬を真っ赤にしてなみだ目でぐしぐしと目をこするまち子さん。ちょうかわいい。やばい。
ふんがーと鼻息を吹き出して、にやにやと緩む頬を自分でぺちぺちと叩いていたら、ヨン様がこっちへ視線を移してきた。 「…金崎さん、さっきから食べてないじゃない、調子悪い?」
「いいええええ、絶好調ですよ絶好調ですとも!」
まち子さんに萌えすぎておなかいっぱいですー!なんて言える筈もなく、私はあわてて目の前のラーメン(大盛り)をかっ食らう。どうせおごりだろう。食べなきゃ損だ。
ちょっと最近色ボケしすぎだ。いかんいかん。
しっかし素朴な疑問。
なんで男の人って、ラーメン好きなんだろう。こんな美女をつかまえてラーメンだなんて。
いらっしぇいいぃ!なんて一言も言わない頑固オヤジの行列もできないラーメン屋。
まーお昼始まってからちょいとばかしいちゃいちゃしていたせいで、お昼休みの時間が少なくなっちゃったから、こんなそこそこうまくて早くて安っぽいラーメン屋しか選択肢がなかったなんて言われればそうなんだけど。
がらんと誰もいないラーメン屋のカウンター席で、横一列に並ぶ美女二人とヨン様(仮称)。
なんだこの光景。なんだこの組み合わせ。
女性を食事に誘うなら、ランチといえどもパスタにせんかい。
そんなことをちらちらと思いつつ、隣にいるまち子さんをちらりとみたら、ラーメンの湯気で眼鏡が曇っていた。かわいい。
「ヤダまち子さん眼鏡曇ってますぅ」
きゃいっとあからさまに語尾にハートマークを飛ばしつつ、どさくさにまぎれて私はまち子さんの肩に肩をぴとりとくっつけさせた。だってだってだって、隣に好きな人が居たらかまわずにはいられないというかなんというか。あわよくば常に触っていたいというか。 そんな私の思考を本能で感じたのか、まち子さんはびくりと身体をこわばらせる。
あらやだ。必要以上に警戒されてる。
伝染したストッキングを替える暇もないまま、ずるずるとこんなラーメン屋に連れてこられたまち子さん。かわいそうにストッキングが気になって気になって仕方がないらしい。 さっきから眼鏡をくもらせて、自分の足ばっかりみている。 あーかわいいかわいいかわいいちょうかわいい。
愚かにも私がそんなことを悶々と考えている横では、ヨン様がまち子さんに一生懸命話しかけている。 「ああ、本当だ。湯気で曇ってる。真っ白だね」 ヨン様はそう笑って、まち子さんの眼鏡の縁にちょんと触れる。 「あ、あの……」
「眼鏡、はずせばいいのに。……視力、どのくらいなの?ねえ…、」 「!!!!」
ちょ
ちょ
ちょっとおおおーーーーーーッ!!!!!!!
「えっ、そのっ、」
うっかり私が目を離していた隙に、ヨン様はくすりと笑ってまち子さんの耳の裏に手のひらを触れさせる。まち子さんはそれこそびくびくと肩をすくめさせて、顔を真っ赤にして、私の方を振り向いた。
そんな涙目でみないで。ちょうかわいい。むらむらする。 そんなまち子さんに萌えつつも、でもつい眉間に皺を寄せてしまう自分を感じる。 (やだやだやだやだ。皺になったらどうしてくれるの!) 頭の中では大戦争。どかーんどかーんと爆撃音が響く。
ああ、神様かみさま。私にオトナのオンナの余裕をください。
「……し、視力は、かなり悪くて…」
そんな私の顔を見て、うつむいて、しどろもどろにつぶやくまち子さん。
また眼鏡が曇っている。
ああ、そんな顔しないで。怒ってるわけじゃないの!まち子さんに怒ってるわけじゃないの! ヨンに怒ってるの!ヨンに怒ってるの!
ウウウウウとかすかにうなる私を見て、まち子さんはいよいよ困ったようにうつむく。
そんなまち子さんを面白そうにヨン様は見つめて、あろうことかこんなことをほざいたのだ。
「佐藤さんて、なんだか面白いひとだね」
「お、面白い?」
「ん、ちょっとときめいた」
な
「なあんですってええええええ―!!!!!!!!」
ゆるさーーーーーん!!!!!!
「か、金崎さん?!」
「金崎さん?」 「お客さん?!」
「はッ!?」
あっやだうっかり。
うっかり感情の赴くままに咆哮してしまった私を、まち子さんはもちろん、ヨン様とラーメン屋のオヤジまで振り向いた。
えーと、あー、どうしよ。
恋愛という感情の延長である、嫉妬という感情はやっかいなもので。 頭では分かっている。まち子さんに釣り合うような、スマートでクールで知的なオトナは、ここでそんなに感情をむき出しにしない。でも。だが。しかし、しかし、しかし……!!!!!
(こ・こ・こ・こいつ……!!!!!!)
私のまち子さんに、私のまち子さんに、触れるどころか色目まで使いやがって使いやがって使いやがって!!!!!!
引き続き、頭の中では大戦争。どかーんどかーんと火山は噴火。 目の前にはまち子さん。はらはらした顔をしたまち子さん。ああ、まち子さん、困ってる。困ってる困ってる。私が落ち着かなきゃ、ここは何とか抑えなきゃ…そうぶつぶつと唱える。
こんなときは、こんなときは、こんなときは!
「や…ヤダわたしったらはしたない……」 とりあえず頬に両手を添えて、ぽっと頬を赤らめさせて伏目がちに呟いてみる。怒りでどうしようもないときは、とりあえず漫画みたいなリアクションをとってみればいい。すると何故かなんとなく、なんとなくその場が収まるような気がしないでもない。 ふう危ない。怒りで我を忘れるところだった。セーフセーフセーフセー…フ?
すると、あっはっは、とさわやかな笑い声。 「金崎さんも面白いね、ときめくよ」 なーんて全ての元凶は、のほほーんとつぶやいた。
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(2007/9/11 改稿)
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