**かえってきたまち子さん。**
【そのさん オフィースラーヴの醍醐味は】
オフィースラーヴの醍醐味っていうのは、好きな人と毎日会えることと好きな人を一日中観察できることと好きな人としゃべりまくりの触りまくりできるっていうことだと思うのだけど。
でも、それは双方相思相愛ラブラブバカップルの場合だけが有効で、まあ忌々しいお邪魔虫なんてのが出現すれば、もーほんとに精神衛生上よろしくない。
「金やんさっきから眉間に皺入ってますよお、えい!つーん」
中途採用の身にとって、どう接していいかわからない年下の上司。眉間をつーんとつつかれた。
昼のひと時を思い出して、どうやら眉間に皺を寄せていたらしい。そんなつもりはなかったけど、どうやらすっごく顔に出てたようだ。いかんいかん。 「痛いです、沢屋さん」
「ごめんごめん、ていうかさっきから金やん、ババアのことすっごく睨んでたけど、いじめられたの?」
なんて的外れなことをのほほんとのたまうこの上司。名前はよーこ。よこはまよこすか。
「いじめられてないです。っていうか沢屋さん、佐藤さんのことババアなんて呼んだらゲンコツだって何回も言ってるでしょ?」
「だって嫌いなんだもーん」
このフロアで一番若い沢屋さん。私の直接の上司でまち子さんの部下。ようするに、いつもまち子さんにアホだのバカだのつつくわよ!だの言われてる仲間だ。
おっとりした雰囲気にくるんくるんのパーマヘア。そしてこれまた空気を読まない服装の巨乳ちゃんだ。なんだそのミニスカート。なんだその胸元が大きく開いたカットソー。けしからん、実にけしからん。もっとやれ。
「人を嫌いだなんていうと、めぐりめぐって悪いことが起きるんだよ?っていうか沢屋さんちゃんと教えてくださいよ、だから私佐藤さんに怒られて眉間に皺よっちゃうんだよ」
ま、あえて怒られてるのもなにきしもあらずなんだけど。
「だってババアちゃんと指示ださないんだもん」
プーと膨れてぷいとそっぽ向く。すげえ殴りたい。
私はふうとため息をひとつつき、目は自然とまち子さんへ。もくもくとデスクに向かって、眼鏡はきらりんと光ってる。
(つまんないのー)
もっと近くに居たいのに。まち子さんとわたしの席は近くて遠い。
もっと近くに居たいなあ。もっとくっついていたいのに。
ぼーんやーりとまち子さんを眺めていたら、ねえねえ、と沢屋さんが私の髪の毛を引っ張ってきた。イタイイタイ抜けるはげる。
「なあんですかーっていうかまだそこに居たんですかなあになあにどうしたのかまってほしいの?」
んー?とか言いながらにやにやと笑う。私は結構この子嫌いじゃない。まち子さんを悪く言ってるけど、でも根は悪い子じゃないんだと思う。ちょっと頭ゆるいけど。
「んーっていうかこれ、回覧」
かまってほしくなーい、なんてかわいくないこと言いながら、やる気なさそうに目の前に紙切れを一枚差し出してきた。
「『ようこそ金崎さん江口さん歓迎会のお知らせ☆』?」
「そう」
赤字で特大のフォントで大きく書かれた文字を読み上げる。入社してから一ヶ月と半月。やっと歓迎会が催されるわけか。ちょっと歓迎されてないのかとはらはらしていたのだ。
「やっと歓迎されるんですか私っていうか江口さんの歓迎会のついでみたいじゃないですか」
「ついでじゃないのー」
「げんこつしますよ」
「わーいしてしてー。ってその前に出席するか欠席するかマルつけて」
もう一度よく見ると、大きなお知らせの文字の下には、控えめな大きさで全員の名前が書かれ、その横にはマルやらバツやらついている。
(まち子さんは…、出席か)
まち子さんらしいきれいなマルに少しだけ笑う。
昔何かで読んだっけ。フリーハンドできれいなマルを書ける人は、きっちりしていて精神的に安定している人だとかなんとか。ついでに目の前のおばかちゃんの名前を探す。
「沢屋さん花マルついてるね」
居るよねーこういうのに遊び心出しちゃう奴。マルだけつけときゃいいのに花丸だのニコちゃんマークだの猫だの書いたりして。まー私もそーゆー奴の中の一人なんだけど。
きゅっきゅっきゅ、とマルをかき、そのなかに目をちょんちょんとつける。ついでに鼻。ついでに口。
にやにやと笑いながら書いてると、途中で紙を引っ張られた。
「あっちょっとまだネコミミが」
「だあって江口さんとお近づきになれるチャンスじゃん。金やんも行くでしょ行くでしょ?マルでしょこれ?女子はみんな参加だよ。みーんな江口さん狙ってるみたい。あのババアだって珍しく参加だし」
珍しく?珍しくって。
「佐藤さんってあんまりこういう飲み会とか参加しないの?」
うんうん、と沢屋さんが頷く。そしてひそひそと私に顔を近づけて話してくる。近い近い。顔近いって。チューするぞ。
「実は今までこーゆーのに参加したことないの。ほらあいつ嫌われモノだからさ。金やんくらいだよ?あいつとマトモに話してるの。あと部長。それと江口さんか。でもすぐに嫌われるだろーし」
「えー何で?」
「みーんなあいつのこと嫌いなんだもん。よく言う人なんて居ないよ」
ふむ。
ちらり、とまち子さんを眺める。
まち子さんは嫌われ者なんかじゃない。嫌ってるのはごく一部の若い子たちだけだ。
確かに口が悪くて叩いたりいやみ言ったりする人だけど、それは理由があって原因があるからで。
そしてまち子さんは何より口下手で、冗談が通じない。だから、だから皆敬遠するのであって。
彼女を嫌いだと言う人は、本当に頭が悪いか精神的に幼いか、どちらかだと思う。
それを知ってるから、まち子さんは人の悪口を言わない。ただ嫌われても、そのまま、嫌われっぱなし。嫌われたからといって、その人を嫌ったりしない。
まち子さんのそういうところが、私は本当に好きなんだ。
もっと笑ったりすれば、きっと誰よりもモテモテになるんだろうけどな。
精神的にオトナであればあるほど、彼女の魅力に気づくと思うんだ。
まー自分がオトナだとは言いませんが、ね。
「あ、江口さん」
そんな風に改めてまち子さんへの気持ちを再確認していると、やあ、といいつつヨン様が颯爽とフロアに現れた。どこか行ってたのかしら。ヨン様はきらきらと光る白い歯を見せびらかしながら私たちに目くばせをする。私はあいまいに笑みを浮かべて会釈した。
「やあっぱかっこいいいー」とでも言いそうなうっとりした瞳で、フロア全体の女子社員がヨン様を目で追う。
マンガみたいなその光景に私は少し笑う。ここまで来るとギャグじゃないの?どうなの?違うの?
私もつられて目で追う。
どっからどーみても、フツーの韓流スターなおっさんなのに。
「なんか、オーラが違うんすよねー」
なんて、向かいの席の男の子が笑う。これまたさわやかな年下の好青年。名前は小野さん。
「だよねー金やんもそう思うでしょ?」なんて言われても同意しかねるこの私。何故なら私の視線の先はやはりまち子さんでまち子さんがまち子さんしか目に入らないのであるのであるのであるのであるが
視線の先には。
「まあ〜た〜あ〜の〜男おおおおおおおおおおおお」
仲良く談笑するまち子さんとヨン。
やめてやめてなんでそんな仲良く話ししてんのあの二人!
「ババアちょーよろこんでなーい?顔真っ赤!」
……ええい。黙れ。
「金崎さんはどういうタイプの男が好きなんですか?俺それちょっと気になるって言うか…」
ええいほっとけ。
「金やん?」
「金崎さん?」
問いかける二人の言葉も聞こえぬ振り。
今、私の聴覚はまち子さんとヨンの方向に集中して。
あー。もー。なんていうか。
「さ、佐藤さんっっ!!!!!教えていただきたいことがあるんですっっ!」
なんつって、気がついたら私は大声を出していた。
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(2007/9/22)
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